それは始まりに過ぎなくて




私は黄瀬涼太に“名前で呼んで欲しい”と言われた。

その普段見られない真面目な顔に、私は思わず頷いてしまった。

正直後悔もしてる。

でもその後見た笑顔を思い出すとやっぱり嫌だなんて言えなくて。


結局あれから一週間、私は彼のことを名前で呼んでいた。




「ねぇ涼太、なんで私のクラスにいるの」

「澪っち!暇だったからつい来ちゃった」


昼休み、私が購買でパンを買ってクラスに戻ったところにワンコスマイル全開な彼が私の席に座って井上くんと話をしていた。

私はそんな彼を見たあと、自分の席で食べることを諦めてほかの子のグループに混ぜてもらおうとした。

が、彼はそれを止めに立ち上がると、私の肩を背後から掴んでそのまま引っ張った。


「行かないでくださいっスよお!」


引っ張られたままに倒れ込んだ私は、彼の胸元に身体を預ける体制となっていた。

いつも彼はこんな感じだから慣れてはいたものの、流石にクラスの前でやられるのは恥ずかしい。

私は体制を直すと彼を廊下まで引っ張りだして頭をおもいっきり叩いた。


「あだっ!?何するんスか!」

「なにじゃない!クラスで目立ちまくりじゃない!そういう行動は慎めって何度言ったらわかるのよ!」

「つ…つい…」

「…ハァ、もうクラスに戻りな。」

「…はいッス」


いかにもしょんぼりとしながらトボトボと帰っていく彼に少し罪悪感を覚えながらも、私はクラスに戻って井上君に謝った。


「ごめんね、井上君。涼太の奴なんか変なこと言ってた?」

「いや、大丈夫だ、お前本当に愛されてんなぁ」

「……アハハー」


あいつ、絶対私の話をしやがったな。

ニヤニヤしながらからかってくる井上君にそれはもう丁寧に誤解を解くと、私はため息をついてパンを一口かじった。




それを見ているひとはたくさんいて


モデルであり、今人気絶頂中の彼のファンはそこら中にいるわけで




私の災難は、始まるわけで












***







翌日。


私はいつものように身支度を整えると、部活の朝練に向かった。

いつもなら隣の家に住む涼太が迎えに来て一緒に行くのだが、彼は今日寝坊したらしく先に行ってくれとのメールが届いていた。

だから私は“ばーか”と返事を返すと、いつもの時間に家をでた。





学校について私はいつも通り昇降口で上履きを取ると、指に痛みが走った。

私は驚いて上履きの中をみると中にはいくつかの画鋲が入っていた。


一瞬唖然としたが、すぐに理由はわかった。

黄瀬涼太のファンの仕業だろう。


指から少し流れる血をよそに私が中の画鋲を取り除いていると、後ろから呼ばれた。


「おー、澪じゃん。おはよー」

「!!…っ、おはよう」


平常心、平常心だ。

見つかってはいけない。

バレてはいけない。

迷惑はかけたくない。


私を呼んだのは、井上くんだった。

井上くんは私が振り向かないままの変な反応に少し疑問を感じたのか、“どうした?”と言いながら私の背後から覗き込んできた。

そして、私の右手にある画鋲と指から流れる血、左手に持つ上履きをみて察したのか息を呑む音が聞こえた。


「…おい、それ」

「っ、なんでもない。ちょっと画鋲が床に落ちてて、それを拾ってたら指に刺しちゃっただけ。」

「いや、ちが…」

「違くない。きにしないで」


普段から仲が良く、優しい彼が心配してしまうのも無理はないだろう。

だが、他に迷惑はかけたくないし、昔からこれぐらいのことはよくあったから慣れている。


でもバレたのは初めてのことで、どうすればいいかわからない。



とにかくこの場にいたらいけない気がしたので、私は井上君を置いて体育館へと小走りで向かった。

そんな私の後ろ姿を少し目を細めて彼は見ていた。










………………

少し続きます。


(20120807)





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