かっこいい彼はどこですか


「黄瀬の“き”はキモイのきー。黄瀬の“せ”は生理的に受け付けないのせー」

「ひ、酷いッス…」


ニコニコしながらオレの悪口を歌う彼女の名前は澪。

その笑顔はとても可愛い。

というかレア。


普段は冷静キャラな彼女なので、少し微笑む程度しか見られないのだが、今回はかなりご機嫌なようだ。




オレは今日、今人気俳優、真壁劉と一緒に撮影する仕事が入っていた。

そのことを澪っちに言ったところ、彼女はその俳優の大ファンだったらしく、“一緒に行きたい!!”と言ってきた。

どうしようかと一瞬悩んだが澪っちのキラキラした目には逆らえず、俺の側にいるという条件で仕方なく連れて行くことにした。


オレの家に迎えに来たマネージャーは苦笑いを浮かべたが、なんとか頼み込んで澪っちと一緒に乗り込んだのが5分前のできごと。




「澪っち、ホントにオレから離れないでくださいっスよ?あと俺の悪口は言わないで…」

「んー?」


少しずつ小さくなっていくオレの声。

後半の願いは彼女に聞こえなかったらしく、ご機嫌なまま首を傾ける。

その姿のまま普段からいたら絶対モテるのに…。

まあ、モテられても困るのだが。


そんなことを考えていると、今日撮影するスタジオに着いた。

中に入って澪っちのことを説明する。

邪魔をしないならいてもいいということで、澪っちにそのことを伝えて一緒に控え室に向かった。


「黄瀬くん、今日は彼女付きー?」

「黄瀬!いっちょまえに彼女連れてきてるんじゃねーぞ!」


今日は仲がいいスタッフが多かったため、皆がニヤニヤしながらオレに話しかけてきた。

俺は照れながらも否定する。


…だってまだオレの片思いだし。

両思いになりたいと思うこともあるけど、今のままの関係も楽しいしこの関係を崩したくない。

そのことを相談したことがあったメイクさんがメイク中に耳打ちしてきた。


「あの子が例の幼馴染さん?」

「!?」


オレはそのメイクさんに相談していたことを思い出して顔を赤くしてしまった。

その反応を見て彼女はハハーン…と名探偵のような目でオレを見ながら顎に手を置いた。


「ちょ、今その話は無しッスよ!」


澪っちがすぐ後ろにいる状態でその話をしてはバレる可能性が高くなる。


オレは慌ててメイクさんを止め、メイクを終わらせたあと衣装さんのところに向かった。

そこでも澪っちのことでからかわれ、打ち合わせ時にはカメラマンにさえからかわれた。


撮影前だというのにぐったり疲れたところで今日一緒に撮影する真壁さんが来た。

ずっとオレの後ろにいた澪っちは真壁さんを見つけた途端に目を輝かせて息を呑んだ。


「…かっこ、いい」


そう言って涙目になる澪っちを見てオレがムッとしていると、先程オレをからかってきたスタッフたちが皆オレを哀れな目で見たり肩を優しく叩いてきたりした。

え、オレ今かなり慰められてる・・・?


そう思いながらため息をつくと、澪っちがオレの裾を躊躇いながら引っ張ってきた。


「あ、あのさ。挨拶しちゃダメかな…?」

「…いいっッスよ。俺も挨拶するところだし」


そう言うとまた輝いた目で“ありがとう!”という彼女。

惚れた弱みというのだろうか、笑顔な彼女を見られただけで“ま、いっか”と思ってしまった。







「初めまして、黄瀬涼太ッス」

「やあ、真壁です。今日はよろしく」


そう言って握手を交わすオレらを顔を赤くしながらぽーっと見つめる澪っちを見つけた俳優の彼は、オレに“そちらの子は?”と尋ねた。


「ああ、こっちは塚原澪と言って真壁さんの大ファンな俺の幼馴染ッス。今日撮影を一緒にするって言ったら行きたいって言い出して」

苦笑いを浮かべながらそう言う俺に真壁さんは笑顔で“そうなんだ”と言うと座っていた椅子から立ち上がると澪っちの元へと向かっていった。


「…!っえ、あ…」


突然TVや雑誌だけの憧れた存在が自分の方に向かってきていることに慌てふためく澪っちをみてフフッと笑うと、真壁さんは澪っちに手を伸ばした。


「初めまして、真壁劉です。よろしく、可愛いお嬢さん」

「よ、ろしくおねがいします…」


なんだよ、可愛いお嬢さんって。

オレは苛立ちを隠せないまま撮影の時間となった。










今日の撮影のお題は“ライバル”らしい。

オレと真壁さんはライバルという設定で撮影をすると説明された。

イラついたままの俺はなかなか集中できずにいた。


「黄瀬くん、どうかした?調子でも悪いのかい?」


少し休憩といったカメラマンにそう言われて、オレは謝った。


集中できないのはプロ失格だ、今はモデル黄瀬涼太だ。

自分にそう言い聞かせて休憩を終わりにしようとしたとき、真壁さんに話しかけられた。


「澪ちゃん、可愛いね。彼氏とかいるの?」

「……いないと思うッスけど。」

「…そっか、狙っちゃおうかな。いい子だしね?」


真壁さんのその言葉にオレの苛立ちは更に増した。


「…悪いけど、澪っちはやらないっスよ。」


そう言って睨みつけると、オレは撮影所へと戻った。



「撮影再開しまーす!」


その言葉で撮影は再会された。

だが、オレは先ほどの真壁さんの言葉にイラつきっぱなしで結局最後まで集中することができなかった。




「はーい、撮影終了!お疲れ様!」


その声と共に撮影は終わった。

終始笑顔の澪っちは真壁さんばっかり見ていて、俺の心はモヤモヤしっぱなしだ。


「黄瀬くん、一応確認する?」


カメラマンのその言葉にオレは断った。

うまくいかなかっただろう写真を自分でみようとは思わなかったからだ。




オレは今撮った写真を目を輝かせながら見ている澪っちを置いてメイク室に行くと、既にメイクを落とし始めている真壁さんがいた。

真壁さんの隣に座ってメイクを落としてもらいながら“お疲れ様っした”とつぶやくと、彼は笑顔で返事をした。


「おつかれ。いやあいい感じだったね、黄瀬くんの嫉妬っぷりは。」

「…はい?」

「彼女を取られたくないっていう俺へのライバル意識、撮影時カンペキだったよ。大丈夫、彼女をとったりはしないから」


そう言って苦笑いしながらゴメンネと誤ってきた真壁さん。

そこでようやくオレは気づいた。


「…わざとだったんッスか」

「まあね。でもいい写真撮れてたよ。今日はありがとう」


…やられた。

オレはまんまと真壁さんに乗せられたのだ。


「……あざっした。」


オレはお礼を言いながらむすっと顔を膨らませた。

そんな俺をみてクスクス笑っていると真壁さんのメイク落としが終わったらしく、先に帰る支度を始めた。


「あ、最後ぐらい彼女に挨拶していっていいかな?ファンの子を大切にするのがポリシーなんでね。」

「…どーぞ」


そういってメイク室から出て行く真壁さんを見てため息をつくと、今までの話を聞いていたメイクさんが“お疲れ”とニヤニヤしてきた。



今日は疲れた。











***











今日の仕事はこれだけだったので、オレは澪っちを連れてマネージャーの運転する車に乗った。


「今日はありがとな、黄瀬」


満足げな顔をした澪っちにお礼を言われ、オレはまた元気をなくす。

だってお礼の原因は真壁さんに会わせたことだし。


「すっごい楽しかったよ、真壁さんに会えたし!」

「…それはよかったッス」

「涼太もかっこよかったしな」

「え…?」


オレは2つのことに驚いた。

まず、1日中真壁さんしか見ていなかったと思った澪っちがオレのことも見ていたということ。

そして2つめはオレを“涼太”と呼んだこと。


昔は涼太と呼んでくれていたのに、いつだったか“涼太って呼ぶと目立つから黄瀬にするわ”と言われ、それから“黄瀬”とか“黄瀬涼太”とか呼ばれていたのだった。

だから久しぶりの名前呼びに思わず顔を赤くしてしまった。


「…あ、癖で。黄瀬、黄瀬」

「あ、え、澪っち!」

「え、なに?」


突然大きな声をだしたオレにビクリとした澪っちは首をかしげた。


「えっと…またオレのこと、名前で呼んでくれないッスか?」

「え…」


オレが言うと、彼女は少し困った顔をした。

そんなに呼びたくないのかとオレはショックを受けながら“あ、やっぱなんでもないッス”というが、彼女の答えは意外なものだった。


「…いーよ。わかった、涼太。」


苦笑いでオレの名前を呼んでくれた彼女にオレは抱きついた。


「わーい!ありがとう、澪っちいいいい!!」

「ちょ、抱きつくな馬鹿!」


そう言ってオレを押しのけながらまた嬉しいことを彼女は言ってくれた。


「さっきまでかっこよかったクセに、モデルの黄瀬涼太はどこにいったんだ!」

「え、かっこよかったッスか!澪っちいい!!」

「だから、抱きつくなああ!!」


オレの頭にたんこぶができるまであと10秒。

オレが泣き出すまであと15秒。


彼女の顔が赤いことに気づくまで、あと30秒。







かっこいい彼はどこですか






(カメラマンさんがくれた写真に真壁さんがサインくれたんだ♪)

(澪っち〜…)





………………

ワンコがモデルになる瞬間を見に行きたいという私の妄想。




(20120730)




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