優しい君と。
救急車のサイレンの音。
床に滴る彼女の血。
ざわめく生徒や先生の声。
オレの五感はその全てを拒否し、感じるのは彼女の細い息と掴んだ手の感触だけだった。
手術中のランプがついてからどれぐらいの時間が経ったのかわからない。
ここまでどうやって来たのかすらわからない。
気がついたらオレは手術室前の椅子に祈るように座っていた。
自分の身体が小刻みに震えていることに気づいて、オレはやっぱり澪っちが好きなんだなとどこか人ごとのように感じて苦笑した。
オレの大好きな人が、オレのせいで傷つき苦しんでいる。
そう思っただけで逃げたい衝動に駆られた。
でもオレは逃げない、逃げるわけがない。
相変わらず震えている手を握り締め、澪っちの無事を祈っていると誰かが走ってくる音がして見ると、それは澪っちの両親だった。
「澪は!?」
「…まだ、出てこないッス」
オレがそう答えると、おばさんは身体の力が抜けたかのように俺の横に座った。
そんなおばさんを支えようとおじさんはおばさんの肩を強く抱きとめた。
そうして沈黙のなか、おばさんのすすり泣く音だけが響いていると、手術中のランプが消えた。
オレ達は立ち上がり、澪っちが出てきたのを見た瞬間に駆け寄った。
「澪の容態は!?」
おじさんが医者の先生に尋ねると、無事に終わったと告げられた。
「ですが、頭を強く打ち付けています。今後の展開は彼女が目覚めないとわからない部分も多いところです」
「…そう、ですか」
説明するので付いてきてくださいという先生の言葉に澪っちの両親はついていったが、オレはとにかく澪っちの側に居たくて、彼女の運ばれた病室へと向かった。
澪っちが静かに眠る隣でオレは椅子に座って彼女の手を握っていると、彼女の両親が入ってきた。
「涼太くん、聞いてちょうだい。澪の容態はとりあえず大丈夫みたい。でも…」
そこまで言っておばさんは泣き崩れた。
オレはその様子をぼーっと見ることしかできなかった。
床にしゃがみこんだおばさんを支えるようにおじさんが抱きしめながら、代わりに続きを話してくれた。
「だが、いつ意識が戻るかはわからないらしい。…幸い死に至ることはないそうだ。」
“だから安心してくれ”とおじさんに言われたが、オレはその言葉も聞き流すことしかできなかった。
そんなオレの様子を汲み取ってくれたのか、おじさんたちは何も聞かないで側にいてくれた。
彼女が傷ついたのは俺のせい
その言葉がオレの頭を駆け巡っていた。
学校が終わったかという時間になると、井上くんや笠松先輩率いるバスケ部メンバーが彼女のお見舞いに来た。
静かに眠る澪っちの姿をみて、皆一様に息を呑んだ。
そして、笠松先輩の一言でなぜこのような事態になってしまったのかを説明することになった。
「…オレのせいっス。オレが、彼女を巻き込んだんス」
オレ自身もなぜここまで大惨事になってしまったのか、理解しきれていない。
だからオレが言えることはこれだけだった。
澪っちの両親に頭を下げて謝るが、優しい彼らは“頭をあげて?”と泣きそうな声でオレに言うものだから、更にオレは自分を責めた。
オレのせいでこんなに優しい人たちを苦しめているんだ。
オレが泣く資格なんて、ない。
溢れ出そうになった涙を必死に収めていると、井上くんが話し始めた。
「正確に言えば黄瀬は悪くないです。…澪さんは、黄瀬のファンたちの嫉妬によって1ヶ月ほど前からいじめられていました。」
それから井上くんは、澪っちが被害にあったこと全てを話した。
それを聞いて涙を流すおばさん、耐えるような顔をするおじさんや笠松先輩たち。
「階段から落ちた件については目撃者がいないので何とも言えませんが、ここ最近で起きていた俺の知ってる事件はこんな感じです。…止められなくてすみませんでした。」
そこまで言って一礼する井上くん。
澪っちの置かれていた事態に皆唖然とした。
誰にも迷惑をかけたくないと彼女は1人で2週間も耐えていたんだ。
なんでオレは気づいてあげられなかったのだろう。
悔しい。悔しい。………悔しい。
それから、オレの澪っちのいない生活が始まった。
…………………………
ここしばらくシリアスでここになにかけばいいかわからない…
(20120811)
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