ただ側に居たいだけなのに


私に対するいじめが起きてからそろそろ1ヶ月かという頃。

朝、バスケ部の練習が終わると、生真面目で優しい井上君はとうとう耐えられなくなったのか私の手を引いてどこかへと向かった。


「ッ…、どうしたの?もう授業始まるじゃん…!」

「いいから来い!」


何度か理由を尋ねる私にイラついたのか、彼は少し声を張り上げて怒鳴った。

一瞬体をビクつかせて驚いた私に彼は小さな声で“ごめん…”というと、再び私を引っ張っていった。








着いた先は屋上だった。

授業開始のチャイムはとっくに鳴っている。

いつも何事にも真剣に取り組む彼をサボらせてしまうなんて、私は井上くんに迷惑をかけてしまったと少し沈んでいた。

すると、私の後ろにあった屋上扉が開いて、そこから私の幼馴染がでてきた。



「…なんで、涼太がここにいるの?」

「……井上くんに呼ばれたんスよ」



そこで私は嫌な予感がした。


正義感あふれる、真面目な井上くんが私と涼太を呼んで話すことなんて1つしかない。

私の、最近の出来事のことだ。


涼太に言いたくない。バレたくない。心配させたくない。


私は冷や汗をかきながら2人に戻ろうと言ったのだが、遅かった。




「澪、今いじめにあってる」

「…え?」



なんで、なんで言っちゃうの?

私の隠し通してた意味がなくなっちゃうよ?




「澪は上履きに画鋲入れられたり、教科書に落書きされたり、陰湿ないじめにあってる。原因はおま…」

「井上くんヤメて!!!!」



急いで私は止めたが、遅かったらしい。

涼太の顔はみるみる青く染まっていった。


「オレのせいで、澪っちがいじめられてる…?どういうことだよ!!」


涼太はどこか怯えた表情で井上くんの胸倉を掴んで叫ぶ。

その様子を私はどこか遠くに見ていた。




…バレちゃった。涼太のあんな顔みたくなかったなぁ。

私は大丈夫だから、そんな顔しないでよ。ね?



私は乱暴になりながら話し合う2人を見ていたたまれなくなり、気がつくと屋上を飛び出していた。

彼らが私を呼び止める声がする。



ごめんね、ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさい。








***








澪っちが屋上から飛び出す姿をみて、俺は追いかけようとしたが井上くんに捕まった。


「なんだよ!?澪っちが!!」

「落ち着け!今俺らが行ったところで澪の気持ちが晴れるワケないだろ!少し考えさせてやれ!」


オレの両肩を掴んでそう叫んだ井上くんの言葉で少し冷静になったオレは、壁に背中を預けてズルズルと座り込んだ。

そんなオレの隣に井上くんは静かに座ると、俺からの質問を待つかのように上を見上げた。


「…オレのせいって、どういうことッスか」

「…悪い。お前のせいってのは言いすぎた。しかも俺の予測だ。だが、多分あってるはずだ。」


そう言うと、井上くんは真剣な顔で語りだした。





片手に上履き、片手に画鋲を持って、その指は怪我をしていた姿を見たこと。



授業中、後ろからグシャリと音が聞こえ静かに振り向くと、“死ね”とか“消えろ”とか書かれた教科書を小さく震える手で掴みながらうつむく彼女の姿を見たことを。



体育はないというのにジャージを着て、髪が濡れていながらも強がって微笑む彼女の姿を見たことを。



…井上くんが早く学校に来すぎたとき、澪っちの机に“黄瀬くんの側にいるんじゃねーよブス”と油性で書かれてあったのをみて置物小屋にある予備の机と急いで取り替えたことを。





全部、初耳だった。

彼女がどこかおかしいことはわかっていたのに、そんな彼女になにもできなかったんだ。

そのことがオレは悔しくて、握りすぎて血が出た拳で壁を殴った。

そして気分を落ち着けてから澪を追いかけた。










***













私は屋上からとびだしたあと、追いかけてこないのを確認してどこか安心したあと、ゆっくり階段を下りていた。

先ほどの2人を思い出すと自然と溢れでる涙を必死に抑えながらもう帰ろうとクラスに戻っていたとき。



「え・・・?」


階段の踊り場から誰かに押された。


押されたままに階段から落ちる。

その瞬間、どこかへと逃げていく女の子の姿がみえた。


階段の半ばぐらいで頭を強打したあと、ゴロゴロと転がり落ちた。


それはすごい音と共に。


私が落ちた先にあった3年のクラスからでてきた人をぼやける意識の中でみたあと、そこで途絶えた。













***











階段からすごい音がした。

俺のクラスで授業をしていた先生が様子をみに行った瞬間、大声をだして駆け出したので気になって見てみると、そこにはマネージャーの塚原が頭から血を流して倒れていた。


「塚原!?おい、しっかりしろ!」


ざわめく教室の中、俺は駆けつけて声をかけるが、ぐったりした様子の彼女は何も反応を示すことはなかった。


「おい笠松!お前保健室の先生呼んで来い!」


先生からのその言葉に俺は頷き、走ろうとしたところに目を見開いて呆然としている黄瀬の姿があった。



「澪…っち」


俺はそんな黄瀬の頭を大きく叩いて“しっかりしろ!お前は塚原に付いててやれ!”と言うと黄瀬は意識を取り戻したかのように塚原の元へと駆け寄って声を荒げていた。



なにが起きているのか、黄瀬が呟いていた“俺のせいで…”という言葉の意味、なにがなんだか全くわからないが、塚原は大事な部活のメンバーだ。

俺は授業中なんてことは一切気にせずに走り続けた。




一緒に塚原の元まで走って保険の先生を連れてきたあと、先生は救急車を呼び来るまでの間に応急処置を行っていた。

その隣で黄瀬は体を震わえながら祈るように塚原の手を握っていた。












側に居たいだけなのに



(なんで私たちの邪魔をするの?)

(なんで俺たちの邪魔をするんスか?)





…………………



(20120808)




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