歪んだ愛から学んだ感情



「ねぇ、カズー」

「んあ?」

「ちょっとデートしてよ」

「は?」


放課後、俺らは担任に頼まれた資料作成のために2人でクラスに残っていた。

俺は思わず口を開けたままポカンとしてしまった。

親友の菜沙から言われた突然のお誘いに呆然とするのも無理ないだろう。


俺がしばらく固まっていると菜沙は俺の驚きを察したらしく、“あぁ…”と言ってから話しだした。


「実はさ、最近手紙と写真がよく届くのよ。あと私の1日の行動とか」

「……は?」

「1人で帰ってると後ろから付けられてる感じもするし、家から盗聴器見つかったし」


俺はなんて言えばいいのだろうか。

まぁ、とりあえず言えることはこれだ。


「それ、なんの冗談?」
















詳しく話を聞くと、どうも冗談ではないらしい。
おそらく…というかほぼ確実にストーカーだろう。

欠伸をしながら語る目の前の少女は絶対女じゃないと思う。
普通こんなことになったら泣いたり、怯えたりするものじゃないか。

それだったら俺も護る気になるのだが、どうも目の前のボケーっとしてる菜沙を見ると助ける気になれない。


「自分で倒せばいいじゃん?お前に勝てる野郎なんていねーだろ?」

「…なんと言いますか。既に1回シメたのよ。そしたら更にしつこくなった」

「………変わった趣味の野郎に目ぇ付けられたなぁ…」


これは同情するしかない。
俺が手を合わせて合掌すると頭を一発叩かれた。


「私は私より強い野郎じゃないと無理だからって断ったんだけど…そしたら黒髪の野郎は彼氏か!?って聞かれて…」

「んで、避けるために肯定した…と」

「うん」


今度は俺が菜沙の頭を叩いた。
叩かれた部分を撫でながら、菜沙は俺を叩いた。


巻き込まれるのはいつものことだが、今回はいつもより厄介そうだ。
















「で?俺はどーすりゃいいの?」

「ああ、普通に一緒に帰ってくれればいいよ」

「りょーかい」



先生に頼まれた資料作成も無事に全て終わり、俺と菜沙は先生に届けてから玄関で靴を履いて外にでた。

外はいつもより風が強く、俺は巻いていたマフラーを口元まで上げて寒さに耐えながら隣にいる菜沙の姿をチラリと横目で見た。

菜沙は手を擦り合わせながら白い息を楽しんでいる。

ストーカーがいるかもしれないというのになんと呑気なことだろうかと思いつつ、次には菜沙だから仕方ないかと思い前を向いた。



いつも菜沙が通る通学路は俺とは反対方向の道であり、俺は見慣れない風景を見回しながら歩いていると菜沙に「怪しまれるからやめろ」と怒られた。

仕方なく前だけみて歩いていると、菜沙が突然ため息をついた。
菜沙が見ている方向を見るとそこには停まっている車があり、そのミラーには1人の男の姿があった。


「あいつ?」

「……うん」


多少苛立っているのか、荒い返事が帰ってくる。

日常会話をしているフリをしながら人があまり来ない公園があるという菜沙の意見でそこへと向かう。
その間ずっとついてくる男が気になり、俺は鷹の目でそれとなく監視をした。





公園についてから俺は中にあった自動販売機で温かい飲み物を2本買い、その隣にあるベンチに座って一息つこうと菜沙にミルクティーを渡す。

よほど寒かったのだろう、菜沙の手は赤くなって震えている。

素直に「ありがとう」と言ってミルクティーを受け取る菜沙に少し驚きながら、俺は男がどこにいるか探した。

そして入口のそばにある木の裏に隠れているところを見つけ、俺は声をあげた。



「おっさーん、ストーカーはやめてよ。俺男には興味ないよー」

「……カ、ズ」


男の方を見ていると、男は観念したのか出てきた。
そして声を張り上げながら近づいてくる。

俺は菜沙に空き缶を託して立ち上がり、数歩進んだところで男を待つ。


「君は誰なんだ…!!関係ないやつはひっこんでろ!」

「いやいやおっさん、関係ないなんて酷いじゃん?」

「うるさい!俺は菜沙に用があるんだ!」



目の前に出てくるまではよく見えなかったが、男は中年ぐらいの顔つきでメガネをかけ、ぽっちゃり体型だった。

よく秋葉原にいるオタクとしてイメージされやすいような顔つきな男が俺に掴みかかろうと走ってくる。


菜沙はそれに焦ったのか立ち上がって俺のもとに来ようとしていたが、俺はチラリと彼女のほうを見て安心するように笑いかけてから「座ってな」と言った。

不安もまじりつつな顔で菜沙は座りなおす。
温くなってきただろう缶を片手で潰れそうなほど握っている菜沙の握力を一度正確に測りたいと思いながら、胸元に迫った男の腕を掴んで握る。


「おっさん、俺の菜沙ちゃんが怖がってるのわかんねーの?」


ギリギリと骨が軋む音がするぐらいに握ると、男は痛がりながら俺の手を振りほどいた。

男はそのまま数歩下がると、菜沙に向かって声を荒げた。


「どうして聞いてくれないんだ!こんなに愛してるのに!」

「ちょ、俺のこと無視?」


両腕を大きく動かしながら菜沙に責め立てる男は、少しずつ前に出てくる。


俺は男から菜沙を隠すように間に立つと、男はガッと目を見開いて俺を睨み、背負っていたリュックの中からナイフを取り出して構えた。

その異端ともいえる行動をみた菜沙の息をのむ音がする中、俺はいつ来られても対応できるように身構える。


目つきが悪いせいか、俺は昔からよく絡まれる。
だからこういった現場にもなれてはいるが、ナイフを持った相手となると別の話になる。

バットや鉄パイプなら今までに経験したが、ナイフ相手は初めてだからだ。


俺が静かに息をはいて冷静になった瞬間、男は両手でナイフを握り締めたまま大声をだしてまっすぐ俺に向かって走ってきた。

後ろからは俺を呼ぶ心配そうな声がする。


男を避けることは簡単だ。
だが、へたに避けてしまうとそのまま後ろにいる菜沙のもとに男がナイフを突き出したまま向かうことになる。

それだけは避けなければと思い、俺は自分の反射神経を信じてナイフが刺さるぎりぎりのところで避けて動揺した男に足掛けをして転ばせる作戦で行こうと頭で瞬時に描いた。



男のナイフは一直線に俺の腰辺りに向かっていたので、ギリギリでそれを避けた。

そこまではよかったのだが、思った以上に男の運動能力は高かったらしく、瞬時に振り向いた男のナイフが頬をかすめる。


ピリっとした痛みとともに来る第二の攻撃を避け、男が背をむけた一瞬をついてその背中を足で蹴って転けさせた。

落ちたナイフを蹴り飛ばして遠くに追いやってから、男の腕を掴んで上に乗った。



「ハァ…なんとかなった、な」


流石に焦った俺の額は冬なのに汗でびっしょりだ。
冷たい風がさらに冷たく感じて、片手で汗を拭った。



「離せ!俺は菜沙と話がしたいんだ!」


暴れる男を押さえつけながら静かにしろと言っていると、菜沙がゆっくりと立ち上がって男の前でしゃがんだ。


「お、おい…!」

「大丈夫。ありがとう、カズ」


危ないから下がってろと言おうとしたが、菜沙に微笑みながら遮られて俺は口を噤んだ。

俺に抑えられたままの男は菜沙の登場に笑顔で答える。


「菜沙!待っていたよ、どうしてこんなやつと一緒にいるんだい?」

「………ろ」

「ん?」

「消えろよ、豚」


その顔はとても冷酷で、男もヒッ…!と声をあげていた。
立ち上がった菜沙は男の顔を靴のまま踏みつけて声をあげる。


「んな歪んだ愛情なんていらねーよ、クズが。人間やり直してこい」

「…菜沙?」

「カズ、ありがとう。もういいから行こう」


その言葉に俺は戸惑った。
先ほどまでナイフで攻撃してきた男を簡単に離していいものなのかと思ったからだ。

だが、男の顔をみた瞬間、抵抗力を失った死んだ目をしていることに気づいてそっと離した。






















「ありがとう、カズ」


男を放置したまま、俺と菜沙はそそくさと公園をあとにした。

男を警察につきだそうと言ったのだが、「あいつはもう来ないから大丈夫」と菜沙が言うので仕方なくナイフをゴミ箱に捨ててから菜沙の家へと向かっている。


「ごめん。巻き込んだ」

公園をでてすぐに聞いた言葉は、感謝と謝罪の言葉だった。

隣にいた菜沙が立ち止まったことに気づいて振り返ると、彼女はなにかに耐えるかのように俯いていた。

中学の指定鞄をもつその手が震えていることに気づいて、俺は男を見つけてからの菜沙を思い出した。





「……うん」

「……カ、ズ」

「カズ、ありがとう。もういいから行こう」





菜沙はずっと怖がっていた。

いつもより素直な反応、赤く震える手、強がってみせる笑顔。

普段から喧嘩慣れしてて喧嘩師なんて呼ばれてるこいつだって、女の子なんだ。
恨みを買うことはあれど、歪んだ愛情から起こったストーカーが怖くないはずがない。

俺は自分にいら立ちを感じた。
普段素直じゃない菜沙からの、精一杯のSOSに俺は気付けなかった。



俺はうつむいたままの菜沙のもとに駆け寄って抱きしめた。

抱きしめてから初めて感じたこと、それは思った以上に菜沙が華奢で俺の懐にすっぽり入るぐらい小さいということだった。


こんな身体で大柄な男と1人で今まで戦ってきていたんだと思うと胸が苦しくなって、俺はさらに強く菜沙を抱きしめた。



「ちょ、カズ…ッ」

「いいから、黙ってろ…」

「…っ」


いつまでそうしていたのか、俺にはわからない。

いつの間にか菜沙の震えは止まっていて、それに安心してゆっくりと離すと、彼女の目からは涙がポロポロとでていた。


「ちょ、菜沙!?」

「ごめ…、なんか怒らせ、…っ」

「へ?っ、違う!俺怒ってない!」


俺の自分への苛立ちが菜沙に伝わってしまったのだろう。

そのことに気づいたおれは咄嗟に否定する。
だが、菜沙の涙は止まらない。


「ごめん…安心、したのと、カズ、怒らせたのかって、のが…」


必死に涙を止めようと手のひらで涙を拭う菜沙をなぜか愛おしく感じ、俺は自分の胸元に彼女の顔をおしつけた。


「…泣いたほうがスッキリするだろ」


一瞬止まった声が大きくなったことに俺は苦笑いをうかべながら、菜沙の頭を撫でた。






はっきりした。

俺は、菜沙が好きだ。







…………………………………………

な、長くなった…(´・ω・`)
DVD8巻のNG高尾が可愛すぎた…


(20120225)

[ 5/5 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -