「俺達は大人になりすぎたんだ、もうあの頃には戻れねェ」

「それでも、私は好きだったよ。あの頃も、これまでも、今も」

否定も肯定もしない。ずるい男だ。下がった眉でゆるく口元に弧を描く彼はどこか寂しげで、迷子の子供のようにもみえる。
坂田銀時と出会って、もうすぐ15年になる。
攘夷戦争で彼が私を助けてくれたことから始まり、この不思議な縁はいまに至る。初めて出会ったときは名もない攘夷志士だった彼が、英雄と讃えられ、そして幕府に仇をなす悪者として捕えられたその時まで、ただの村娘だった私はずっと彼の傍にいた。
理由など、好きだったからとしか言いようがない。
今考えれば、彼にとっては迷惑だったんだろうと思う。でも、彼は何も言わずに傍にいることを許してくれた。彼はだらしがなくて、みっともなくて、とても優しいから。
私はお互いが同じ気持ちであるような気さえしていた。馬鹿な女だ。

彼は突然居なくなった。戦争終結後、何も言わずに姿を消し、何も連絡もくれず、今の今まで。
やっとの思いで探し出し時には、彼には大事な居場所があった。見たこともないような優しい顔で幸せそうに笑っている。
私が泣きつく場所なんてとうの昔からなかったのだ。

「ごめん」

「……謝らないで」

そんな顔させたくて、会いに来たわけじゃないのに。
あの頃には戻れないという喪失感と、私がいなくたって幸せそうに笑う彼がとても遠く感じて、どうにもできない気持ちになる。
伸びた手足、精悍になった顔つき、昔よりずっと柔らかくなった眦。
彼は前へ進んでいくのに、昔も今も、私は何も変わらないままだ。

「守りてェもんが増えすぎちまった。今すぐおまえを抱き締めて涙を拭ってやるような、キザな男にはなれねェんだ」

普段のだらしのない彼からは想像できないほど意思のある瞳で、やわらかい声で、そんな酷いことを言う。
言われて初めて、自分が泣いてることに気づいた。
嘘でもいいから慰めて欲しい、そんな女心もわからないまっすぐな馬鹿な男。
大切なところは何も変わらない、私が恋をしたあの頃の彼のままだ。

「………知ってたよ」

だから好きなんだよ。
噛み締めた唇はひんやりと冷たかった。

「ほら行って。惨めにしないで……お願い」

「……わりぃ」

溢れんばかりの黄昏の中に、ゆっくりと彼の背中は消えていく。振り返りはしない、ただの1度たりとも。そのずるいほどの優しさが私を駄目にする。
大きな背中はあの頃よりもずっと逞しく、まっすぐな目は背負う重みを知っていた。私は、私が入る隙などないことがすぐに理解できるほどに大人になってしまった。
青臭く、何も怖くなかったあの頃になんて、戻れはしないのだ。

自分だけが幸せなら幸せだったあの頃より、随分大人になった。何もわからずにいれたら、わがままに生きることも出来ただろう。

「じゃあね、銀ちゃん」

私は堪らずに走り出した。

「まてよ!!」

掴まれた左手首が熱い。
酷い男だ、振り切れないことを知っている。

「それでも、おれは」

その瞳に私を写す。
それが嬉しくてたまらない時点で私に勝ち目などないのだ。
だから言わないでお願い。
私はそう思いながら、彼の言葉を期待している。わがままに生きれないくせに、随分ずるくなったみたい。

「おまえにそばにいてほしい」

跳ねる心臓を潰してやりたい。
ふざけないでと怒りながら、情けなく震える拳を握りしめて、きっと私は何度も何度も恋をする。




2017.11.6
一万打企画「坂田で切甘」