辺りが橙色に染まる。紅にも見えるほどの夕暮れは、心の奥底の柔らかいところを揺さぶるようにどうしようもない気持ちにさせて、まるでそれが私の心臓に沁み入るようだった。

「団子2つ」

煙草の匂いが鼻を掠め、短く告げられた言葉が私の耳に溶けるように入ってゆく。姿を見ればその人は大層男前で、茜色に染まりながら煙草を吹かす様がとても色っぽくよく似合っていた。また、背中に夕陽を浴びて影となった顔が彼の表情を切なく見せて、その姿に思わずどくりと鼓動が高鳴る。
少々とお待ち下さい、と言い、店の奥にて注文を店主のおばさんに伝えてからも、私の記憶に彼の表情が刻みついていてどこか気掛かりなままだった。

「こちら、団子2つになります」
「ああ」

少し伏せめがちの目は切れ長で、その造形はとても美しい。そう言えば、この前見た真選組の沖田さんも、綺麗な顔の男の子だったなぁと私は頭の片隅で彼を思い出していた。
沖田さんは美しい夜空が似合う人だと思ったが、この人は夕暮れがよく似合う。黒髪が光の当たり方によって紅にも見えて、それがとても美しいと感じた。
(夕暮れと言えば、沖田さんのお姉さんらしき綺麗な人に会った日も、こんな夕暮れの日だった)
他意はなく、こんな男前には、あの綺麗な女の人が隣にいたらとても絵になるのではないか、と思う。いや、寧ろ彼の醸し出す色気は隣にいるべき人がいないからこその色気のように思えたりもするが。
…なんて、もう二十代半ばであろう彼はもしかしたら既に結ばれている人がいるかもしれないのに、失礼なことを考えてしまった。
夕陽が映し出す独特の伸びた影も相まって、夕陽に照らされた彼の背中は大きいのになんだか寂しげだった。

「夢子ちゃーん」

店の奥からおばさんに呼ばれ、私はくる、と振り返った。想像以上に勢いがつき、そのまま身体の態勢を崩す。
(あ、落ちる)
次の瞬間来るであろう衝撃に備えて反射的に目を瞑る…が予想された痛みは起こらず、私の身体に低めの体温を感じた。今の状況を確認しようと私は力強く閉じた瞼をそうっと緩やかに開く。

「大丈夫か」

ぱちりと目があったのは先程男の人で、私の背中にはその人の腕が回されており、転びかけた私を助けてくれたのだとすぐに理解した。
腕の中は煙草の匂いと煙が目に染みて、だけどそんな煙たさが不思議と嫌じゃない。
それは寧ろ彼をより魅力的に見せるようだとさえ思った。

「あっ、ありがとうございます…」
「気をつけろよ」

ほんのり口角を上げる彼はとても大人っぽくて、世の中にはこんな男前がいるのだなぁとつい感嘆してしまうほどである。
ここ最近で驚くほど綺麗な顔の男の人に2人もあってしまった。綺麗だったり可愛かったり、そんな女の人は意外と世の中には沢山いて、心に残るほど美しいと思うのはそれこそ沖田さんのお姉さんのように一握りの人であるけど、男の人でそれほど綺麗な顔の人はブラウン管の中ですらあまり見掛けないから、沖田さんやこの男前さんは私の脳内にしっかりと記憶される。
私は彼に重ねてお礼を伝え頭を下げてから、おばさんの元へ小走りで駆けていった。

夕陽は今日にサヨナラをするみたいに地平線の上でより一層世界を自分の色に染め上げている。
私は視界に入るお客さんの伸びる影を横目でちらりと見て、昔本で見たシェイクスピアの言葉を少しだけ思い出した。
馬鹿みたい、そんな相手もいないくせにね。
少しずつ地平線に飲み込まれる夕陽に、私はなんだか星空が恋しくなってきていた。


(恋はまことに影法師、いくら追っても逃げて行く、こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げて行く。)