「団子を一つくださいな」

その人は、柔らかな笑みを含ませた優しい声で、そう言葉を紡いだ。
独特な儚い雰囲気を持ったとても綺麗な人で、同じ性別ながらもその微笑みに、思わず目を奪われてしまったほどだ。
微かに頬をなでる風に、まるでお日様の匂いのようなどこか落ち着く香りが運ばれて私の鼻を掠める。
目の前にいるその人の香りだ、とすぐに気付き、私はまるで今にも消えてしまいそうな泡を掴むように、その雰囲気や匂いを記憶にしっかりと焼き付けた。
初めて会った人だ。
だけど、ほのかに口角を上げ目を細める彼女は、そう思うくらいに印象深かった。

「なんだか、今日はやけに大きな夕陽ですね」

ふいに、彼女にそう話しかけられて私は内心どきりとしながらも、そうですね、と相槌をうつ。
横目で空を盗み見ると、彼女が言う通り、夕陽は溢れそうな程に大きく、空は地平線まで橙に染まり、地面に伸びる影をより濃く映していた。

「武州にいたころの夕陽みたい…」

問うわけではなく、独り言のようにそう言葉を発した彼女は、夕陽に照らされて儚さを一層増しているようにも見え、私は思わず息を飲んだ。

「…最近、江戸に来たばかりなんですか?」

興味本位…というのが正解だろう、私はその雰囲気を構築する、彼女を取り巻く"今"の理由が気になってしまって、自分でも言葉にする予定のなかった台詞を声にしていた。
するとどこか嬉しそうな声色で彼女は、そうなの、と言う。
そしてふわりと柔らかい口調で、結婚の為に江戸に出てきたことを教えてくれた。

「それは、おめでたいですね。おめでとうございます」
「うふふ…ありがとう」

だけど、一見幸せそうな笑顔の裏に泡沫のような脆さが色濃く映し出されているように見えて、そこが私の中でどこか引っ掛かったけれど、その疑問が言葉に形取られることはなく。
もう少し、お話をしてもいいかしら…と笑う彼女を断る理由も勿論存在せず、夕陽が地平線に沈む一つ手前まで、私は彼女の話を聞いていた。


「いけない、もう夕暮れね…総ちゃんが心配しちゃう前に、帰らなきゃ」
「気を付けて帰ってくださいね」
「ありがとう…沢山話を聞いてくれて、嬉しかったわ」
「いえ、こちらこそ、楽しかったです」

綺麗な笑顔だ、と思う。
彼女の笑顔は目を逸らせないほどに美しく、陽炎のように消えてしまいそうな儚さを纏っている。
それがなんでなのかは分からないけれど、今彼女と別れたら、もう二度と会えないような気がしていた。
今日会ったばかりの他人なのに、その感情が苦しいような切ないような思いを心に張り巡らせて、私の胸は張り裂けてしまいそうだった。

「総ちゃん、真選組で働いてるの…もし出会うことがあったなら、どうぞよろしくね」

総ちゃんというのは、私と同じくらいだという、彼女の弟さんらしい。
年齢の似た私を弟さんと重ねているのか、最後に見せた笑みはただただ優しい笑顔で、その後ろ姿から伸びた影はゆっくりと暗闇と混じり合い、彼女は星明かりだけが輝く夜の中に微睡むように飲み込まれていった。

彼女はきっと、その儚さを生み出している理由を、自分自身で理解しているんだろう。
彼女は、またね、とは言わなかった。