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星々の煌めきを掻き消すほどの輝きを放つ月は、世界を覆うような暗い夜空で孤独に凛と佇み、その姿は白夜叉と呼ばれるあの人をどこか彷彿とさせるようだと思った。

「雪子」

坂田さんの低くて心地の良い声が耳を擽る。私は高鳴る心臓の煩さを身体中に感じながら、火照る頬を指でなぞった。それからゆっくりと振り返る。

「なぁに、真っ赤じゃん。風邪でも引いた?」

調子のいい声でへらりと笑う癖に、月明かりを背中にして薄暗くなった表情はとても艶っぽく見え、思わず唾を飲んだ。ああ、坂田さんは、私の心をどれだけ奪えば気が済むのだろうか。

「坂田さんは、ずるいですね」
「なんで?」
「…教えてあげません」

照れ隠しに少し拗ねたようにそっぽを向くと、頬に温かい温度を感じてそのまま坂田さんの方へと引き寄せられた。それが坂田さんの手だと気付いたのは、あともう少しで唇が触れてしまいそうな、そんな近い距離を意識してからで、私の頬にかあっと熱が集まる。

「…雪子、教えろよ」

そんな色っぽい目で、こちらを見ないで。後戻りが出来なくなってしまいそうになるから。澄んだ冷たい空気が私の鼻腔を通り抜ける、熱を帯びた瞳に移り込んだ自分に、ひどく動揺した。

「だめです…だって」

その後に続く言葉を、私はぐっと飲み込んだ。きっと、伝えてしまったら、私が私でなくなってしまいそうで怖かったのだ。彼の手が頬に触れたまま、お互いの呼吸がわかる距離を保ちながら坂田さんと目を合わせることにもう胸が張り裂けてしまいそうになって、私はせめてもの抵抗にと瞼を閉じた。思い切り瞑っているから、きっととても不細工だと思う。

「…俺からしてみりゃ、お前がずるい」

弾力のある柔らかい温度が、一瞬瞼に触れた、気がした。ゆっくり目を開いた私は、きっとゆで蛸のように真っ赤だったろう。

ただただ心臓が跳ねる音が身体の内側から響いて、溢れんばかりに大きな月明かりに私の心が暴かれてしまいそうだ。
瞼はまるで火傷でもしたかのように、いや、それよりもじんわりとした熱さがまだ残っている。

「…今のって」
「ん、…どうかした?」

ふっと口角を上げて誤魔化す坂田さんは、ほんとうに、なんてずるいひと。