バレンタインデイキッス〜


アイドルが新しくカバーしたという、昔から愛されるバレンタインソングを口ずさみながら、焼き上がったばかりのクッキーを冷ましていく。弦一郎の職場にも持って行ってもらうから、多めに作った。

居間まで見渡せる台所から、ふとソファーに腰掛けて新聞を読む背中を眺める。十年ほど前なら年齢と掛け離れている、と苦笑いするところだけど、もう今年で二十八歳、さらに一児の父であれば、そろそろ容姿と年齢に釣り合いが取れそうな時期。最近ではそんな行動も少しずつ相応に馴染んできている。


おいしそうに広がるクッキーの香ばしい匂いに満足し、エプロンを外すと、玄関から騒がしい足音が近づいてきたと思えば、勢いよく腰に抱き着いてきた。

「おかあさん!ただいまあ!」
「お帰りなさい、どうしたの?おじいちゃんに褒められた?」
「あの、あ、のね!」

もじもじしながら、こちらを窺うように見る瞳は嬉々としている。何かいいことあったんだ、と分かりやすいところが、弦一郎に似ていて笑ってしまう。彼にそっくりのさらさらの黒髪を撫でていると、「おみみ」と言ったので、しゃがんで息子に耳を貸すと、首に抱き着いてきた。


「チョコ、もらったの」
「えっやったじゃん!誰?誰?」
「やだー」


きゃあきゃあ笑いながら二人ではしゃぐ。そっとピンクの包装で包まれたそれを、差し出された。

今日は隣の家、つまりは弦一郎の実家での剣道の稽古だったので、ジャージを着せて行った(汗っかきなので練習着とは別にしている)のだけど、なぜかぐっちゃぐちゃに着崩されていた。着崩す、というより、そもそもちゃんと着れていない。…すごく、うれしかったんだなあ。くれた女の子は、きっとお母さんと一緒に一生懸命作ってくれたんだろう。

ちゃんとお礼言った?と聞くとにっこり笑って頷いた。ホワイトデーは、この子に考えさせたほうが女の子は嬉しいだろうから、私は何も言わないでおこう。


「ご飯のあと食べる?おやつで食べる?」
「いま!」
「じゃあ、美味しいお茶煎れてあげるから、洗濯物出してきて」
「うん!」



ばたばたと洗面所へ駆けてく後ろ姿を見届けると、「何かあったか?」と弦一郎が優しく笑いながら寄ってきて、机を挟んで向かい合う。

「バレンタインのチョコもらったらしいよ」
「む?もうそんな時期か。…全くたるんどる」
「えー、じゃあ弦一郎にはこれナシかあ」


わざとらしく、机に置いた網台にのるクッキーを見ると「えっ、いや、」と慌てだした。嘘だよ、と笑うと顔を真っ赤にしながら小突かれる。昔からこういう反応が可愛いんだよね。

はい、とクッキーを弦一郎に差し出すと、机に両手をついて身を乗り出し、口を開けてクッキーを食べた。



「うまいぞ」
「よかったー」


昔はこういうこと、絶対できなかっただろうなあ、なんて考えていると、弦一郎にうなじを引き寄せられた瞬間に、唇に熱を感じた。突然なことに顔を赤くする私に、彼は小さく微笑みかけ、お茶の用意をしていた。……恥ずかしいったら、ない。


両手で顔を覆い、しゃがみ込んでいると後ろから息子が抱き着きながら「はやく食べよー」と促される。ふと頭の中で、アイドルが私に微笑みながら、あの歌を歌っていた。



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