今日はすごくいい日のはずだった。



 



先日行われた期末考査の結果が返却されたのだけど、兄に教えてもらったところに手応えを感じていた通りに、いい点数だった。順位も念願の一桁をとった。先生にも「おめでとう」と褒められ、家にすぐに帰り、母親にも見せたところ「よかったわね」とこれまた褒められた。舞い上がらずにはいられない。

だからこそ、勉強を見てもらった兄には特別褒めてもらいたかったし、お礼を言いたかったから、唯一の特技?趣味?であるお菓子作りに勤しんでいたっていうわけ、な・の・に!


「お」
「げっ」


なんでこいつ?!と思って思わず奇声を発すると、目の前の男―――仁王雅治はニヤニヤとしだした。奴はお兄ちゃんの親友で、部活仲間で、ダブルスのパートナーで、……やっぱり親友なのだ。だからこそ、そういうひととは仲良くしたいと思っていたのに!よりによってこんな奴!さいあく!私はもう最悪ってくらい感じ悪いオーラを出しても、このひとは無視してローファーを脱ぎ、玄関を上がった。こらこらこらこら!……ああでもお兄ちゃんと遊びに来たのか…ならいいけど、…って、あれ?


「お邪魔するぜよー」
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃんは?!」
「柳生?知らんのー」
「じゃあ何しに来たんですか!」


「ああ、それはのう」とずいっと無駄に整った顔が異様なくらい近くに来て、驚きすぎて「わあっ!」と後ろに尻餅をついてしまった。

「い、いたい…」

起き上がろうとしたとき、仁王先輩はなぜか四つん這いになって私に覆いかぶさってきた。えええええええええ!吃驚しすぎて声も出ない。後ろに後ずさっても、その分先輩はじりじりと私を追い詰める。あのニヤニヤした意地悪い顔じゃなくて、真剣で、吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳で。どうしろって言うんだ!数分前に買い物に出かけた母を恨みそうになるくらい、私は切羽詰っている、なう!開いたYシャツから見える胸元とか、お兄ちゃんとは違う首の太さとか、意外にがっしりした腕とか、嫌に意識してしまう。


「せ、先輩?からかってるなら、やめ」
「からかってる?」


俺が、お前を?と馬鹿にするように鼻で笑われる。からかってるんじゃ、ないの?いつもみたいに、お兄ちゃんをからかうみたいに。だから私はこのひとが苦手なのに。

―――違うの?

明らかに困惑しているだろう私を見て、先輩は耳元に擦り寄ってきた。びくん、と肩がわざとらしいくらい揺れて、恥ずかしい。ばくばくとわざとらしいくらい心臓は鼓動をする。



「本当に、そう思う?」




つつ、と唇を親指でなぞられる。もう耐えられない、とこの場から逃げようとしても、いつのまにか脚と脚の間に、先輩の脚が挟まれていてどうにもならない。

思います、と言おうとすると、すぐ目の前に仁王先輩の顔があった。少しだけ切ない顔で、だけど優しい目をしている。私をからかうときとは違う顔で―…、ああでもこのひとは詐欺師で、ペテンが上手で、嘘つきだ。これだって詐欺に決まってる。そうであって欲しいのに。

近づいてくる唇を避けなければ、思いつつ思考に体がついてこない。じんじんと熱を持って麻痺している。あ、まつげ長い…「ただいま」って、あ、あ、あ、





ガタガタガタバタン!ガッシャン!








「……」
「お、おかえり〜…」
「おまえは本当空気の読めん奴じゃ…」


「あ、あなたたち、何をしているのですか?」




咄嗟に私が取った行動――仁王先輩を思い切り押しのけて彼は寝転がったようになった――に不振に思ったのか、少し眉を寄せながらしょうがない方たちですね、とため息を吐きつつ仁王先輩を立たせた。



「お、お兄ちゃん!あの、テスト、ありがとう!それで、あの、あのね」
「落ち着きなさい、なんですか?」
「今、お菓子焼いてるから、食べてくれる……?」
「ええ、もちろんですよ。私は先に部屋で仁王くんと話をするのでリビングで待っててくださいね」
「うん!」
「ええ〜…話…」
「逃がしませんよ」



ああ助かった。
ほっと胸をなでおろしていると、お兄ちゃんはすぐに上に上がってしまって、上から「仁王くん」と仁王先輩を呼んでいる。……早く仁王先輩上がればいいのに、と思いながらリビングに入ろうとした瞬間、腕を後ろに引っ張られた。また尻餅をついたときのようにバランスを崩して、……っと思ったけれど、何故か仁王先輩の腕が私の体を後ろから抱きしめている。ええええええええええええ、な、なに…?ぎゅうううと強い力で、少し痛い。


「仁王先輩、離し…」
「本気だって、ほんまは分かっとるんじゃろ。」
「な、」
「もう逃がさん。やからおまんも逃げんで」



そう言って、仁王先輩はとんとんとん、と階段を上がっていった。私は体の力が抜けてしまって、その場に座り込む。唇が掠った耳元に、触れられた腕に、掴まえられた心に、熱が溜まる。あつくてどうにかなってしまいそうだった。




からかってるって言ってよ。先輩はずるい。…それなら、私は今まで通り苦手だと言って、この気持ちから目を背向けていられたのに。




ずるいよ、










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