「もういらん」






そう言って、雅治は箸をテーブルにきちんとそろえて置き、食事をやめた。その理由が手に取るようにわかるので、私はそっとため息を落とす。それにも気づかないようで、雅治はすぐに席を立った。「雅治」と咎めるように呼べば、唇を尖らせて「頼む」と言い出した。



「だめ」
「頼む、今日はほんまに食べれん。わかるじゃろ」
「わかるけど…」
「ほんなら」
「でもだめ」



せめてサラダだけでも、とサラダをずいっと雅治に押し付けると、渋々と席に着いた。しかし片手には明日のプログラムが握られていて、はあ、と思わずため息が出る。そういう一生懸命なところが、本当に好きだと思う、けど、今日は心を鬼にして!手にあった紙を取り上げると「ああっ」と子供がおもちゃを取り上げられたように眉を垂れ下げる。


「雅治。ちゃんと食べて。お願いだから」
「……」
「今まで雅治が一生懸命やってたのは知ってるよ。失敗しないように、いい式にしようってがんばってくれてるのはわかる。でも、雅治が、………心配なんだよ」



ここ半年、雅治があんまり休めてないのは知っていた。面倒くさがりのくせに、私が楽しみにしてるからって私以上に準備を一生懸命にやってくれて、…。どうしてそんなに一生懸命に思ってくれるんだろう。どうしようもなく愛おしくて、だからこそ支えてあげたいと思える。

―――思っていることを言ったら、なんだか泣きそうになってしまった。俯いて下唇をかみ締めると、「すまんかった」と雅治が謝ってきた。そうじゃない。違うよ、雅治は悪くない。顔を上げて、「雅治、」ごめんね、と言おうとしたとき、「ちょっと待っとって。」と携帯といじりはじめた。

人が素直に謝ろうとしているときに、と今度は私が唇を尖らせると、ずいっと携帯のメールと見せられる。差出人は「ブン太」と書かれていて、内容も家族溺愛の彼らしく「俺の嫁と娘最高」と書かれていた。思わず笑ってしまう。さらに動画が添付されていて、見ていいの、と言うと雅治が笑いながら「ええよ」といったので、再生させてみた。




「マサくん、おねーちゃん、おめでとう!」
「おめっとー」
「お二人とも幸せになってください!当日は私たち三人で行かせてもらいます!」
「末永くお幸せにって、な!」
「なー!」
「ほら、締め!締め!」
「じゃあいっせーのでいうぞー、いっせーの」
「「「おめでとーございますー!」」」



「よし、っと。あいつらのためのケーキ食べようぜい!ケーキ!ケーキ!」
「ママー!ケーキー」
「はいはい」
「……あ、終了押すの忘れてた」






「馬鹿じゃろ」
「うん。……でも、いいね」
「な」


いいなあ、と素直に思う。こんな些細なビデオの中に、三人の幸せって気持ちがぎゅうぎゅうに詰まっていて、本当に羨ましい。………私も、そうなりたい。目の前にいるこのひとと。


「雅治」
「うん?」
「すき」
「ん、」
「だから、ずっと一緒にいてね」
「おん。おまんは、俺なしじゃ生きていけんもんな?」



くくっ、と馬鹿にしたように雅治が笑う。いつのまにかプログラムのことも忘れたらしく、いつもの余裕そうな笑みだ。茶化されているのは分かるけど、このままも悔しいから、にっこり笑って「そうだけど?だめ?」と言うと雅治は頬をほんのりと朱に染めて、目を伏せる。可愛いなあ。



ねえ、雅治。私は雅治と幸せになりたい。明日も明後日も何十年も先まで、あなたの隣で笑っていたい。私が不安になったときには、雅治が笑って「好きだ」と伝えてくれて、雅治が辛いときには私が「馬鹿」だと言って抱きしめてあげる。きっとそうやって、私たちは支えあっていけるよね。




大好きだよ、と言えば、雅治はへにゃり、と笑う。誰にも見せられない、だらしない顔だけれど、私はそれで確信を持つのだ。





―――明日はきっと、いい日になるよ。



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