卒業式で歌う歌のサビ部分で、女子の嗚咽を噛み締める声がピークになる。ほとんど男子のパートで構成されていて、周りから聞いたらどんな風なのかなあ、とぼんやりとした頭で考えていた。


練習どおりに歌いながら、目だけで知り合いを探すと、女友達はみんな目を擦りながら指揮者の子を見上げていた。テニス部の面々はみんなしっかりとしながら(ユウジは小春ちゃんを見ながらちょっと泣いていた)、大きく口を開けて歌っていた。それでも、謙也は泣いているんだろうな、となんとなく思って、謙也の姿を探す。




金髪がきらきらと、窓から漏れる光を反射させていて、迷うことなく見つけられた。男子側に近い私の場所から、左の斜め前らへんにいた。そんなに近くなかったけど、横顔は泣いてなんかいなかった。


びっくりして凝視していると、くる、と少しだけこちらに顔を向けて、私と目が合う。そのことに謙也もびっくりしたらしく、大きな瞳を丸々とさせた。すると口をぱくぱくさせる。




「(んん?………ま、え、む、け……、って謙也もやろ!)」





べーっとやると謙也はにかっと笑って、また前を向いた。しっかりとした眼差しで、しゃんと伸ばされた背筋がとても頼もしく見える。いつも側で見ていたのに、気付かなかった。

テニス部で、マネージャーとして謙也たちとこれまでほとんどの時間を過ごしてきたけれど、あんなに頼もしく見えたときがあっただろうか。白石も、完璧と謳われるほどにしっかりとした人だったし、ユウジと小春ちゃんもなんだかんだで気配り出来る人で、銀さんも小石も、…謙也も、みんなのいいところは全部見てきたつもりだったのに。


今日に限ってこんなにも大きく見える。



不意に、ぽろ、と涙が零れた。ごしごしとカーディガンで目を擦り、指揮者を見上げる。その子の頬も涙で濡れていた。隣の子の赤い目元に、思い出が走馬灯のように蘇った。楽しかったことも、辛かったことも、全部、全部。体育館に掲げてある校歌の彫刻に、初めて入学式で見上げたときを思い出す。どこもかしこも、思い出だらけだ。涙は止まることを知らずに、ぼろぼろと零れ落ちる。そのまま視線を上げると、財前が体育館の放送室から式を見ていた。静かに見つめている彼に気付かないふりをして、もう一度謙也を見ると、やっぱり背筋は伸びたままだった。












「なあ、高校行っても会ったりせえへん?」
「ええなあ!クラスで集まりたい!」



がやがやと賑わうクラス内に背を向け、私はベランダで蹲りながら、テニスコートを見た。ここはよくコートが見えるところで、引退した後に白石と謙也と三人で、よくここからテニス部を見たものだ。はらはらと「あっ、財前今のところはー…」「金ちゃんは何やっとるん…!」とうるさい白石を、謙也と叩いて黙らせた。卒業式の余韻がじわりじわりと迫ってきて、また目頭が熱を宿す。うおおおお泣くか!泣いてたまるか!くそう!何か負けな気がする!ごしごしと涙をまた拭うと、カラカラ、とベランダに通ずる窓が開いた。




「こんなとこにおったん?みんなが昼いこー言うて…………、って、……はは」

「わ、笑うなばか!」




きょとん、としてすぐに謙也が小さく笑った。きっと、中にいるクラスメイトたちに気付かれないようにだろう。そういう気遣いができるところが、彼のとてもいいところで、私が惹かれている長所のひとつだ。つ、つまりは、好きなのだけれど、こんな不細工な泣き顔は見られたくなかった、と膝に顔を埋める。すると右隣に謙也は腰を下ろし、私の頭をぐしゃぐしゃと不器用に撫でた。






「……まあ、俺とお前は同じ学校やし、あんま変わらへんよ」

「か、変わるもん。学校来たら、みんなには、あ、会えへんし、……だから、わたし」

「寂しい?」

「え、」

「寂しいんやろ?」 





図星をつかれて、顔を上げる。そこに馬鹿にしたような表情はなく、謙也はすごく優しく笑っていた。心臓が、どきどきとうるさい。好きだという気持ちが脈打って、どうしようもなく好きなのだと私に訴える。だけど、それと同時に、やっぱり寂しいという気持ちがこみ上げて、涙腺を刺激した。







「さみしい」

「おん」

「……け、謙也は?」

「、俺も、寂しいに決まってるわ」





頭を撫でている手が止まった。謙也もぽろり、と涙を零していたのだ。ずるずると鼻水を啜り、私に見るな、と言った。私も見られたからいやだ、と言うと「好きな奴にかっこ悪いとこ見られたないねん」とテニスコートを睨むように鼻を啜っていた。その言葉に私は「え、」と漏らしていて、謙也は耳まで真っ赤にしながらそっぽを向いていたけれど、私の右手をぎゅう、と握り締めていた。

右腕で涙を乱暴に擦って、赤くなってしまった目元は、きっとあとでテニス部のみんなにからかわれるネタになってしまうんだろうなあ。私もいつもならからかう側にいるけれど、今回ばかりは、どうしようもなく愛おしく、かっこよく見えて、言うとおり見ないようにテニスコートを見る。そっと、右手を握り返した。





「謙也」
「、おん」
「お誕生日おめでとう」
「…なんかタイミングちゃう気がするんやけどなあ。まあ、おおき、に……」
「あと、卒業おめでとう」
「それもちゃう気がする……お前もおめでとう」
「おん。あと、……」
「ん?」





「好き」
「!」




だいすきな君におめでとうを


***


けんやおめでとう!!そして全国の卒業生のみなさん卒業おめでとうございます!

@稲田