窓から来た少し冷たい風が、スカートと髪を微かに靡かせる。さらさらと私の肩の上を流れる髪は、彼ために伸ばしていたものだ。あの頃より少しだけ痛んだ毛先が、私の恋の終わりを主張するようにはねていた。それをごまかすように、緩く巻いてみたが、あまり効果はない。握りしめた卒業生証書と、胸元にある花。ようやく私は大人になるのだから、もう忘れなくてはいけない。

目まぐるしく過ぎていく季節の中で、彼との思い出もどこかに置いていけると思っていたけど、間違いだった。

まだこんなにも、彼が、白石先輩が好き。

世間一般的には、私は相当重いだろう。一年半前くらいに、私は付き合っていた白石先輩と別れている。別れた、というより「距離を置きたい」と言われ、私は受験のことだろうと悟り、頷いた。苦しそうに顔を歪めながら、ごめんな、と私を強く抱きしめてくれたとき、「必ず迎えに行く」と言われたが、私は来ないだろうなと思っていたから、手を宙ぶらりんにしたまま、黙って抱かれていた。なぜ来ないと思ったかというと、彼は素敵なひとだから。優しくて、かっこよくて、頼りになるし、彼は必要とされるべきひと。だから、大学生になったらそれに見合う素敵なひとができるだろうと思ったのだ。わかっている。わかっているけど、寂しい。悔しい。こんなにも歳の差を憎んだことはなかった。


完璧な彼の、少しだけ抜けているところや、案外不器用なところや、お人よしなところが放っておけなくて、…だけど、とても愛おしかった。好き。大好き。教室から外を見渡す。ここは三年二組で、去年は白石先輩が使っていたところだ。オレンジに染まる教室は、私と彼の帰り道にいつか見た夕日を思い出される。一年も会っていないのに、どうしても思い出は彼のことばかりが蘇ってきて、胸がいっぱいになる。幸せも苦悩も切なさもときめきも、たくさん溢れて、くるしい。


まだ、すき。



机に腰掛け、誰もいないテニスコートを見つめて、はらはらと涙を流す。誰もいないから気にせずに、泣いた。すき、せんぱい、すき。あいたい。もう私を忘れてしまった?そして私もあなたを忘れてしまうの?なら、卒業なんかしたくない。あなたの影が残るここにいたい。今と将来のあなたが見れないなら、思い出だけでいいの。



「会いたいよ…」



ぽつり、
言葉を零した瞬間に携帯が振動した。びっくりした勢いのまま画面を見ると、そこには信じられない名前が表示されていた。


―――白石蔵ノ介



震える手で通話ボタンを押すと、僅かに沈黙が流れる。



『もしもし?』



「……っ」


鼓膜を揺らす声が、まさに欲していたもので、涙が止まらない。口元を左手で押さえて小さく返事をすると、『久しぶりやな』と返してくれた。きっと、この通話の向こうで優しいあの笑顔でいるのだろう。



「お久しぶり、です」
『うん。』
「…」
『…』
「…」


きゅ、と廊下から微かな足音がして、見回りの先生だと思い、荷物を持って、片手で乱暴に涙を拭いながらゆっくりドアに向かう。



『…覚え、とる?俺が言ったこと』
「…はい」



思わず脚が止まり、そっと窓の外に目をやる。そう、こんな時間帯で、夕暮れの、と思い出して、また涙が溢れる。馬鹿みたい。

しかしその瞬間、ドアががらりと開いた。私が驚いて携帯を手から落としてしまったと同時に振り返った、その先にいたのは、少し大人びた顔つきの、




「白石…先、輩」
「約束、守りにきたで」



パタンと携帯を閉じて、私に一歩ずつ近づいて来る。なんとなく変わっているけど、優しく細められた瞳が変わらずまっすぐと私を見つめていて、余計涙が溢れた。

情けない声で、「会いたかったです」と言うと、「俺も」と言われた。そっと引き寄せられて、抱きしめられる。背中に手を回して、ぎゅっと先輩に抱き着いた。夢じゃない。確かに、ここにいる。先輩、先輩。

先輩は私を強く強く引き寄せて、「あの時はごめんな」と何度も言った。もういい、会いに来てくれただけで嬉しいよ。




少し顔を上げると目が合って、唇が、自然に重ねられた。心も、すべてが彼でいっぱいになる。すべての空白を埋めるように、私達はまた抱きしめあった。


私はこれから、過去を思い出すのではなく、今を白石先輩と歩き、未来を作っていく。開いたままの携帯に、桜の花びらが降りた。私達を祝福するように、春風が強くカーテンをはためかせている。思わず二人で、笑ってしまった。





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -