きらきら



 さんさんとカナを照らす太陽は、暑さを和らげることもなく、ただそこで地を照らし続けた。 まさに灼熱地獄、とカナは漏らしそうになった。こんな苦にしかならない暑さに高揚するのは、夏という風物詩に馬鹿みたいにはしゃぐ人たちだけだ、と毒するのには、ただ単にカナが暑さに弱いという理由しかない。しかしそれは彼女にとって十分すぎる理由だった。

ぎゃあぎゃあと部員がコート脇の水道に備え付けのホースを繋いで、水の掛け合いをしていた。カナは自分の体操着の下で伝っている汗を感じながら、その光景をぼんやりと見つめ、溜め息を落とす。少し、羨ましい。カナはこの部――男子テニス部のマネージャーである。男しかいない水遊びに混じれば、下着が透けて思春期男子のかっこうのからかい話のネタになることは、カナはもう分かっているから、上は白いポロシャツ、下はレギュラージャージを膝までたくし上げた状態で、デジカメで写真 ――データマンに頼まれたもの――を撮りながら、少し離れたところで見ていた。



 ひりひりと日光がカナの、少し焼けてもなお白い肌に突き刺さる。いくら日焼け止めを塗ったところで、水仕事も含まれる仕事をこなせば、自然と水と汗によって落ちてしまうのだ。普通なら塗りなおせば良いものを、カナは面倒くさい、と省いていた。なんとなく、日焼けが頑張っている勲章とも取れなくもないからだというのも、少しだけある。形だけの努力など価値はないし、それを評価されても嫌だけれど、結果があまり目に分かるほどは表れないマネージャーの仕事故、そう思ってしまうのだろう。


「ちょ、手塚ーあ!何余裕ぶってんだよう!うりゃあああ」
「やめろ菊丸!っむ、ゴホッ、っ、ゲホ!」
「ブチョーださいっす」
「おいおチビー!お前もくらえ!きっくまるウォーターマシンガーン!」
「あ、こら英二!」
「ぶはっ!ちょ、エージ先輩!俺に、かかっ、」
「海堂が油断していた確率、87%」
「英二、タカさんが暑苦しいからやっちゃって」
「グレイトオオオオオ」
「ちょー!エージ先輩俺にかかったー!!」
「桃先輩もださいっす」


 全身水びたしの彼らを見て、参戦しなくてよかった、とカナは胸をなでおろす。少し離れたところで適度に楽しんでいる不二をカメラに収めようと「不二先輩!」とこちらを向いた先輩にカメラを振って意図を伝えると、菊丸先輩に遊ばれてびちょびちょになった手塚部長の首根っこ掴んで、こちらにピースをしてくれた。そうすると部長も控え目にピースを構えたから、笑みを零して「はいチーズ!」と撮った。そうするとまた輪に戻っていって、そのみんなの姿をまたデジカメに収めていく。普段のクールな越前くんも、この時ばかりは中学一年生らしく、無邪気に楽しんでいた。

―――女は精神年齢が男より2歳年上なんだぜ

 ふと、カナはいつかの体育教師の言葉を思い出した。確かに、カナは今こうして彼らを見ていると すごくあたたかい気持ちになる。きらきら笑っている顔も、無邪気な姿も、ころころ変わる表情も、全て愛おしいと思えるのだ。 母親にでもなったかのように、ひどく優しく細められた瞳が、彼女からのあたたかな気持ちを彼らに送る。最近の大会の、集合写真がまだ収められているのに 気付いて、カナは過去のデータを振り返った。彼らと歩んだ日々も、愛おしい。そっと画面を撫ぜると、ふと影が出来て顔を上げる。

すると、そこには水浸しの桃城が立っていた。ニカッ、と眩しいくらいに無邪気に、桃城は「お前もやりゃーいいのに!」と笑う。


「今日は記録係なの」カナは得意げにカメラをちらつかせる。
「へーえ。あ、見せて」
「いいよ、はい。」
「あー、お前が見てんの、こっから見てるしいいよ」

 差し出したそれを押し戻され、カナが自分の手元に戻すと、桃城は隣に腰掛けた。少し肩が触れただけで、カナは体が硬直してしまう。この鼓動を聞かれてしまうくらいなら、離れて欲しい。頬の赤みに気付かないでほしい。この感情に気付かないでほしい。 ―――けれど少し、気づいて欲しい。

「カナ?」
「あ、う、うん、わかった。」
 カナは、しっかりしろ、と自分に唱えてデジカメで写真を展開していく。桃城の近くにいると、カナはどうしても こんな風になってしまう。自分でも制御できないほどの感情が、その胸の内を渦巻いて、静寂を覚えない。せつなくて、くるしくて、あたたかなきもち。カナは、自然と湧き上がるこの気持ちは、部員に対するものと信じている。だからこそ、苦しいのかもしれない。一枚一枚液晶が進んでいくごとに、「おー」「懐かしいなあ」と声を漏らす桃城に 自然と笑みが零れる。


「なあ、全国二連覇しような」
「え、」
「絶対、俺たちしようぜ」
「……わたしも、?」
「?当たり前だろ」

 その言葉は、桃城の顔を見れば口先だけじゃないとカナはわかって、小さく頷いた。心の中でぐるぐると渦巻いていたもやもやのひとつが、彼のこういう言動によって解かれていく。どうして、いつもそんな嬉しいことを言ってくれるの。カナはじわりと熱くなる瞼を右手で隠し、俯いた。

 「なあ、みんなで写真とろーぜ!」

 名案だろ!とカナの状態を知らず明るく言う彼に、カナは「うん」ときっと泣きそうで、最高に情けない顔で 笑った。すきだ、と思う。それが友情のか、色情なのかはわからないけれど、カナは思う。自分は彼が好きだと。

 ばさり、と 頭からかけられたのは彼のジャージ。ニカッと笑ったのを見て遠慮なしに腕を通し、首までチャックをしめて、腕をまくる。そこから見えたカナの腕を桃城の大きな手が掴んで、引っ張る。

「ひりひりするっ」
「お前も焼けたな!」

 そう言って桃城は、少し離れたところからカナを菊丸たちの輪の中へ放り込んだ。既にびちょびちょな彼らの中に入っていくカナは、乾ききっているためかっこうの獲物であり、見た瞬間、全員がカナを頭から水を被せた。

 日焼けした肌を滑る水が刺激を与えるけれど、カナには苦じゃなかった。みんなと一緒に濡れて、おそろいの青いジャージがみんな水を吸い取って変色している。彼らとなら、馬鹿みたいにはしゃぐのだっていやじゃない。日焼けだって、努力の結果だって関係ない。彼らと過ごした時が全てだ。







 無邪気に先輩たちと戯れるカナの笑い声を聞きながら、桃城は一枚の写真を笑って眺めていた。 ―――自分たちが入部したての頃の集合写真だ。自分の隣で気恥ずかしそうに笑うカナの顔。それを見てから今の彼女を見ると、 随分と焼けた肌が目に入った。それでも白いほうだけれど、確実に、焼けていた。心から笑うその表情に、日々の彼女の頑張りを感じて、桃城は胸の奥が柔らかに疼くのを感じる。それは、静かに、やさしく、だけど確かに疼き始めた。
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