個室を用意されている彼女の部屋は、人気のない棟の隅にある。行き着くまでの道のりは少し寂しいものがあるが、部屋の日当たりはとてもよく、内装も綺麗だ。そういえば、彼女はいつも、俺が扉を開けるよりも早く俺に気づき、「雅治待って!」と決まって何かを片す音を立てる。なんでわかるかな、と苦笑いしつつ、音が止んだところで戸を開けると、そこには少し唇を尖らせる葵がいた。
よう、と声を掛けながらベッドに近寄る。「いつも言ってるじゃん」
「ん?」 「ノックしてない」 「いいじゃん、わかるんだろ」 「わかるけど!乙女心がわかってないじゃん」 「そりゃ、すまんかったのう」
まだ納得のいかない葵は、テディーベアを抱く手を強め、俺を少し睨みつけた。肩に届くまで伸ばされた黒髪を、ぐしゃぐしゃに撫で回すと、「やめてよー」と笑った。そうなると機嫌も直り、思い出したようにテディーベアを俺に見せる。それをベッド脇の椅子に腰掛けながら受け取り、首元のずれたリボンを直してやると、「ありがとう」と言われた。
「母親みたいやの」 「ふふん、うちの子可愛いでしょう」 「ほんとになー」 「誰に似たんだろ」 「そりゃ母親やろ?」
ほんとう馬鹿だね、と笑った彼女の腕に、点滴が繋がれ、部屋にはピッピッと彼女の生きる音を響かせていた。なんだか別世界のよう。けれどほんのりと赤らむ頬に安心して、つられるように笑った。
|