昼休みを終えれば、残りはあと一、二時間だ。今日は火曜日だし、あと、一時間で会いにいける。学校は休まないことを条件に毎日会いに行くのを許されているので、俺はそれを忠実、とまではいかないが、しかと守る。………なんて、詐欺師の俺を知っている仲間たちは知ったらきっと驚くだろうな。


あと一時間かあ。そういえば荷物を持ってきていない。失敗した。じゃあもう授業に出て、鐘鳴った瞬間帰ればいいか。と納得し、部室から出て行く波に乗っかる。

「珍しいね。仁王、授業に出るの?」
「まあのう。あと一時間じゃし。」
「そうだなあ、次はどのクラスも総合学習の時間で模擬面接だから楽だしな!」


ぷくっと口元でガムを膨らませたブン太が放った言葉に、ちょっと後悔。模擬面接…面倒だ。あれの目的は八割方外部進学組のためのものだし、相手は同級生だし、さほど意味はないと思うのだ。ため息を軽く吐くと、ブン太に背中を「かーあああつ!」と叩かれた。い、いたい。




半ば強引に教室に入り、席(窓際の一番後ろという特等席)に着き、机に突っ伏す。授業まであと五分ちょいあるな。もう寝ようか、と目を瞑った。すると、隣から腕をつんつんと突かれる。「なん、」と顔を上げると、隣の席の女子が申し訳なさそうに笑っていた。


「あのね、次の面接、よろしく。」
「ああ、頼むな」
「それだけなんだ、起こしてごめんね…」
「んー」


しかし、もともと眠気がなかったからというのもあるが、完全に眠気が覚めて、もう眠れない。あーあ。ぼんやり窓の外に目をやると、ブルブルと小刻みに携帯がポケットの中でバイブした。「うお、」と声を上げると、隣の女子までちょっとびっくりしていた。まあそれは気にせずディスプレイを見ると、そこには“葵”と映し出されている。まだ五分あるし、周りはうるさいし、と思いそのまま着信に出る。


『もしもし?』



あ、ちょっと笑っている。なんて、もう長い付き合いだから分かってしまう。そうしたらなんだかこっちまで釣られて、微かに頬が緩む。




「おん、どした」
『あのね、あの、お母さんにクマの人形貰ったの!』
「…よかったのう」
『あ、馬鹿にしたでしょ?本当に可愛いだよー』
「なら、今日の放課後寄るけん、そんときに俺が判断しちゃる」
『うんっ!じゃあまたあとでね』
「ん」






早く会いたいと思う気持ちに拍車がかかり、そうなるはずはないと分かっているけれど、時が早く過ぎてほしい、と落ち着かなくなる。背もたれに体を預けたり、頬杖をついたり、外を見たり。せわしなく働く思考に、体もそうしてついてくる。

早く会いたい。


ふと感じた視線は隣からで、見やると瞳をまん丸にさせてこちらを見ていた。「なん?」と声を掛けると、「あっ、いや、その」と慌てだした。

「うん?」
「あの、もしかして、今の、」
「ああ、カノジョとかって思った?」
「うん」
「違うんよ、カノジョじゃなかよ」


そう俺が言うと、隣の女子……ああ、津川。は、「そうなんだ」と小さくつぶやいて、静かに目を伏せた。ほんのり紅潮する頬、忙しく上下する睫毛、不安そうな指先。それらを見て、ああこいつもか、とやけに冷静に理解した。




だけどもうそんなことはどうでもいい。俺には、あいつがいればいい。
カノジョではないけど、恋人でもない。そういうものではなくて、もっと、大事なひと。今までずっと一緒だった。ずっと、ずっと。これからだってそうがいいと、心から願ってやまないひとだ。


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