私はただ、走っていた。



どんなに息が切れようとも、私はただ走っていたのだ。人込みを掻き分け、ひりひりする喉でぶつかる人達に平謝りしながら、それでも瞳は彼を探し続けている。








――お前の最寄りの駅前。08:37着








用件だけ簡潔に述べられたメールの通り、大きなトミーのバッグを背負う、待ち侘びた彼が、――財前くんがそこにいて、ささやかに笑いながら、私に気づいて手をあげた。






「財前くん!」




存在を確かめるように呼べば、「なんや」と小さく笑って返してくれた。そんな些細なことで、嬉しくて嬉しくて、涙が出そうだ。ちらりと目の前でゆれるピアスが、妙に現実感を引き立てていて、夢じゃない、と心があたたかくなる。



「おはよう」
「おん、おはよう」
「…神奈川にようこそ」
「おん」
「………」
「なんやねん」
「背が…」
「お前縮んだんちゃう?」
「違うから!」



そもそも、なぜ彼が神奈川にいるのかについては、私が電話をしたからではない。








* * *








昨日の、夜のこと。


あのあと、私は1時間ほど、携帯の画面に映る彼の名前をを見続けていた。酸素をたくさん取り込んで、二酸化炭素を出す。それを何度か繰り返すと、もうボタンを押す勢いを無くしていた。チキン!とどこからか突っ込みが入る気がした。通話ボタンを押そうとする親指には全く力が入らず、その間にも不安が押し寄せる。



―――――チカには悪いけど、明日にしよう。そう思って諦めようとした。


その瞬間、ぶるぶると携帯がメロディに沿って振動する。耳を疑ってしまいそうになるくらい、信じられない。相手は財前くんだった。




受信したのはあのメールで、緊張が解けたのと嬉しいのとで泣いてしまった。

そして、いま。




「…寿々」
「うん?」
「久しぶりやな」
「…うん」
「あ〜…泣かすために来たんとちゃうんに」
「嬉し泣きだもん」
「あほや」



確かに目の前にいて、笑ってる。今はただそれだけでいいや。

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