■ 覚悟の上さ

否が応でも近付いてくる別れに、不思議と何も感じはしなかった。友と過ごした六年間をゆっくりと反芻しながら、仙蔵は身の回りのものを一つ一つ丁寧に片付けていく。
立つ鳥後を濁さずとはよく言ったもので、正にその通りだと、そう思った。

「おや、これは懐かしい」

引き出しの奥に仕舞い込んであったそれを見つけて、仙蔵は思わず顔を綻ばせた。
木箱にに丁寧に仕舞われていたそれは蒼と黒で織り込まれた髪紐で、一目見ただけでかなり上等な素材で出来ているのが見て取れた。




「文次郎、髪を結ってやるから此方に来い」

湯呑みを終えて部屋に帰ってきた文次郎に開口一番、そう言い放つ。
仙蔵がそう言うなり、文次郎は驚いた様に目を見開いた。

「早く来い。それとも私に結われるのは不満か」
「別にそういうわけじゃねぇけどよ。突然どうした仙蔵。一年でもあるまいし、髪の結い合いなんて」
「誰が私のを結わせるなんて言った?」
「だっておまえ、その髪紐二本あるだろう?」
「……相も変わらず要らん洞察力ばかり磨きおって」

仙蔵はぶつぶつ言いながらも文次郎を床に座らせ、繊細な手つきで文次郎の髪を梳く。

「おまえの髪を最後に結ったのはいつだったか」
「さぁ。確か三年の時に一回結ってもらった記憶があるが……」
「……この髪紐はな、文次郎。私達が三年生の時に授業で作ったものなんだ」
「そういえばそんなことをやった気も……」
「私はあの時さして深くは考えなかったが、今になってやっとあの授業の真意を悟った」
「真意?」
「そうだ。あの授業の最後にな、先生が髪紐に己の髪も一緒に編み込めと仰ったんだ」
「当時私はそれが不思議でたまらなくて、授業の後に先生に聞きにいったんだよ」
「それで、先生は?」
「じきにわかるだろうから、今は教えることが出来ない、と」

仙蔵はそこまで言ったところで、文次郎の髪を結い終えた。
暫くの沈黙の後、仙蔵が言い聞かせるように、呟くように言う。

「あの時に作ったこの髪紐は、形見なんだよ、きっと」

文次郎は押し黙って、仙蔵が再び話し始めるのを待った。

「髪を編み込んだのはそういうことだったのかと、今になって気が付いた」

だから、と仙蔵が文次郎の耳に唇を寄せる。

「卒業をして、もし私が死んだら。これを私の形見にしておくれ」
「……じゃあそれは…」

机の上に置かれたもう一つの髪紐はきっと文次郎が作ったものだ。

「髪紐を作り上げた時、私が一緒に仕舞っておいたんだ」

仙蔵はそこまで言って、悲しそうに笑った。



「なぁ文次郎、私の髪も結ってくれないか」

「……ああ、」


指をすり抜ける髪の感触が、酷く寂しい。





御題提供:
JUKE BOX.様、雲の空耳と独り言+α様


2012/5/31

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