■ ゆびきりげんまん

「約束なんて、破るためにあるようなものではないか」

 伊作から手当てを受けながら、仙蔵は呟くように言った。表情こそ普段のそれであったが、今日はどことなく雰囲気が違う。

「日常生活に特に支障は出ないだろうけど、暫くは安静にしておいてね」

 丁寧に包帯を巻く伊作の声音は普段とは違って、同情と悲しみと、悔しさが滲んでいた。

「綺麗な、指だったのに」
「過ぎた事を云っても仕方がないだろう」
「……でも、」
「命を落とさなかっただけましだ、小指一本で済んだのだから」

 包帯を巻き終えた仙蔵の左小指は第一関節のあたりで綺麗に切断されていた。忍務中の、一瞬の出来事だった。切断された小指は広大な森の中に落ちていった。しかとこの目で見たのだから間違い無い。

「変装の時とか、不便になっちゃうね」
「詰め物をすればどうにでもなる」
「……さっきさ、仙蔵が云ってた、あれって指切りが出来なくなるってこと?」

 小指をなくすということはつまり約束を契ることが出来なくなると、そういう意味なのか、と伊作は問う。

「さぁ、どうだろうな」
「仙蔵って約束は必ず守るもんね」
「果たせない約束はしないだけだ」
「正直者は、報われるべきだよ」
「……そんな事を云って、報われてなんか、いないじゃないか」
「……そうかもしれないね」

 仙蔵は袖口から小さな包みを取り出して、そっと握り締める。

「もう彼奴と……指切り出来ない」



 随分前に小指はおろか、左腕を失った文次郎は未だに治療中だ。腕を失って以来、文次郎はまるでもぬけの殻になってしまって、挙げ句の果てには記憶まで後退する始末だった。文次郎はもう、何も思い出そうとしない。言葉もろくに話せやしないし、話しかけても空しくなるだけだ。


「私はどうすればいいんだろうか」


 そんな仙蔵の問いに、伊作は答えることなんて出来なかった。




2013/7/30
御題:自作



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