■ わすれないで、

※転生パロ/同棲設定
※現代と前世で名前が違います


 最後まで君の声が聞こえたんだ、僕の名前を呼ぶ声。何度も、何度も。頬に伝った涙の温度も、掠れた声の震えも。すべて、すべてを。

「僕は、覚えているよ」
「なんだよ、急に」
「昔のこと、思い出してた」
「昔って、いつ」
「死んだときのこと」

 この話題はタブーだ。伊作たちにとっては暗黙の了解というやつで、前世の記憶については触れないのが当たり前でそもそも誰も触れようともしなかった。

「……、…」
「留さんはさ、ずっと僕の名前呼んでいたよね。意識が途切れる寸前まで、ずっと聞こえていたんだ」
「伊作、」
「僕ね、すごくうれしくて……」
「伊作!」

 食満は伊作から顔をそらして、声を荒げたことを小さく詫びた。

「……」
「夏樹、もうその話はやめようぜ。な?」
「もう留三郎は思い出したくないの?」
「……そんなことは、」
「僕はさみしいんだよ、前世(むかし)のことを忘れてしまうのが」

 ちょっとした沈黙が二人の間を流れる。食満はどうしようもない気持ちが渦巻く心中を覆い隠すように伊作をだきしめた。

「昔の記憶が大切なのは俺だって同じだ。でも、俺は現在(いま)だって昔以上に大切にしたいんだ」
「でも……でも、」
「もう勝手にいなくなったりしねぇから、」

 だからもう泣くな、そう言って食満は伊作の頭を優しく撫でて、昔も今も変わらない笑顔で名前を呼ぶ。
 喉の奥からこぼれていく声にならない声が頭の中を真っ白にして、本当にどうしようもなくなった。



end.
2013/7/11



[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -