■ Come closer.
月末にもなると小遣いも底を尽きて、缶ジュース一本買うのも躊躇うようになる。
しかしそんな厳しい財布事情を天気は考慮してくれないわけで。
「…暑…、…」
額にびっしりと浮かんだ汗を拭って、宍戸はげんなりとした様子で溜め息を吐いた。
家から持参したお茶は午前中の内に飲みきってしまったし、只今の持ち金は六十三円。駄菓子くらいなら買えるが、水分ともなれば話は別だ。
なかば途方にくれていると、後ろからぱたぱたと誰かが走ってくる音が聞こえた。
「宍戸さん!今帰りですか?」
「ああ、そうだけど」
折角だから一緒に帰りませんか?と言われて断るはずもなく、宍戸は片手に提げていた鞄を肩にかけ直した。
「俺先生に今から課題提出してくるんで、少しの間待っててもらってもいいですか?」
「あぁ、構わねえよ」
「じゃあ下足で待っててくださいね!すぐに行ってきます」
「あんまし慌てっと転けんぞ!」
「気を付けま―すっ」
長太郎の後ろ姿を見送った後、宍戸は手団扇でぱたぱたと扇ぐ。今からうだるような熱気に包まれた外へ繰り出さなければいけないのだと思うとかなりテンションが下がる。
憂鬱になるな、というのが無理な話でポケットにつっこんだ手で底に沈んだ十円玉をつつけばちゃりん、と心許ない音がした。
校門をでる頃には暑さが体中を包んで拭っても拭っても汗は流れるばかりだった。
「今日はなんだか暑いですね……」
やはり長太郎も暑さにはかなわないらしい。
「缶ジュースでも買えたらいいんですけど、俺今小銭しか持ってなくて……」
長太郎がポケットから取り出した金額はぴったり六十円。
「喜べ長太郎!俺も六十円持ってるから合わせてジュース一本買えるぞ!」
「え、ほんとですか!?」
丁度近くに自動販売機を見つけて、長太郎から六十円受け取り宍戸の分と合わせる。
「つめて―っ!!」
「宍戸さん、先飲んでください」
「おぅ、」
渇ききった喉に冷えたジュースを流し込む。
暑さがほんの少し紛らわせた、そんな気がする。缶を覗けば大体半分より少し多いくらいが残っていたが後輩に譲るのが先輩というものだし、とそのまま長太郎に缶を押し付けた。
「もうちょっと飲んでも大丈夫ですよ?」
「俺はもういいから、残りは全部長太郎にやるよ」
「ありがとうございます」
長太郎は照れくさそうに笑って、缶ジュースを受け取る。
「俺、宍戸さんのこういうとこ好きですよ」
「ばっ調子のんじゃね―ぞ長太郎!!」
長太郎は耳まで真っ赤に染める宍戸を素直に可愛いと思ったが口に出すと照れてしまうので言うのはやめておいた。
先に宍戸さんにジュースの飲んでもらったのもただ間接キスしたいから、という割と不埒な理由だったのだが宍戸はそれに気付いていないようだし、思わぬ照れ顔も拝めたから一石二鳥というわけだ。
我ながらなかなかの策士だな、と長太郎はこっそりと笑みを浮かべた。
Come closer.
(もっと近くへ)
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2012/4/10
御題は空橙様より
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