■ 倦怠を脱ぎ捨てた午後

 跡部景吾という存在は小学生時代、風の噂で聞いたことがあった。各地の大会で次々と優秀な成績をおさめているという天才児。実際に見たことはなかったがただそんな凄い奴もいるもんやなぁ、みたいなその程度の認識だった。

「おまえ、弱いな」

 跡部が放ったその一言で忍足の跡部へ対する見方は180度変わった。
 氷帝に入学して三ヶ月ほど経ったある日のことだ。新入生を中心に組まれた練習試合の合間に放たれたその一言に、忍足は湧き上がる怒りを隠せなかった。
「なんやねんおまえ、何様のつもりや?」
「何様もなにも、ただ事実を言っただけだ。文句あんのか?」
 これ以上言い返してもさらに胸くそ悪くなるだけだ、と判断して忍足は口を引き結ぶ。
 直接勝負して勝ったわけでもないのに跡部はまるで勝者のような顔で忍足を見下ろしてくる。それが酷く不愉快だった。

「おまえ、名前はなんちゅうんや」
「俺か?俺は跡部、跡部景吾だ」
「俺は忍足侑士や。その鼻明かしたるから覚悟しときや」
「できねぇこと宣言して大丈夫か?」
「うるさいわ!」

 こんなにも他人に腹をたてたのは久々だった。まるで自分以外は皆敗者みたいな態度が癪に障った。
「覚えとけや跡部……」
 なんとかして跡部を報復させてやりたい、そんな衝動がいつの間にか忍足の中に根付いていた。



 到底かなわないことを認識させられたのは夏休み直前の合同の練習試合のときだった。
「俺に勝つんじゃなかったのか?アーン?」
「ちっくしょう……!!」
 惨敗、という言葉が今の忍足に与えられた称号だった。
 跡部と忍足の力の差は歴然としていて、ワンゲームを取るだけで精一杯だった。
「だから言っただろ?」
 それみろと言わんばかりに跡部は忍足を見下ろしてくる。
 唇に血が滲むまで噛み締め、言いようもない屈辱を味わった。


――なんなんやアイツ!

 個人ロッカーに拳をたたきつける。あまりの悔しさに忍足はポーカーフェイスを投げ捨て怒りを露わにしていた。
「絶対一泡ふかせたる!」
 打倒跡部を掲げてからの忍足の成長は凄まじいものだった。二年、三年と対等に渡り合えるほどまでに実力をつけた忍足が跡部と試合をするのにそう時間はかからなかった。

 しかし、それでも勝てなかった。


 そしていくら練習したところで、勝てないということを知った。忍足は見てしまったのだ、跡部の自主練を。
 誰もいなくなったコートで延々と打ち込む姿が目に焼き付いた。日が暮れるまで続いたそれをただただ呆然と見つめるしかなかった。
 ただの天才かと思いきや、そう呼ばせてしまうほどに跡部は人の何十倍、何百倍もの練習を積み上げてきた、ということだったのだ。
「そりゃあ勝てるわけあれへんわな」
 忍足のいう努力など跡部にとっては努力とも呼べない代物だったというわけだ。
 それがわかった途端に急に跡部に固執していたのが馬鹿らしくなって、仕舞には笑いだしてしまった。

 笑いがこみ上げると同時に跡部についていきたい、と感じてしまったのは跡部のカリスマ性故なのだろう。


 跡部に好意を寄せ始めるのにそう時間はかからなかった。


***

「なんかめっちゃ懐かしい夢みたわ」
「あぁ?なんだよ突然」
「俺が景ちゃん好きになる前の頃の夢」

 まさかあの頃は跡部と恋仲になるなんて考えもしなかった。

「景ちゃんは昔っから変わらへんな」


 忍足はそう言ってはにかんだ。



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青梅様リク、仲の悪い忍跡で馴れ初め話 、ということでしたがいかがでしたでしょうか。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。青梅様、リクエストありがとうございました!


2012/3/17
御題はDiscolo様より

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