■ 不覚にもトキメキました
勉強会と称して跡部を自宅マンションに招き入れた。
成績優秀な跡部は同時に教え上手であったりもする。
丁寧かつ分かり易い、正直そこらのポンコツ教師よりか遥かに上手い。要点を押さえているから効率が良いし、何より自分が好いている相手に勉強を教えてもらうという何にも代え難いモチベーションがある。
別に成績が悪いわけではないが口実を無理矢理こじつけて、要は何とかして跡部を家に呼びたかったのだ。
やましい目的か、と問われれば素直に肯いてしまいそうになるが別にそういうわけでもない。
何故かといえば簡単な話で、以前跡部宅にお邪魔した時に跡部がおまえの家にも今度行きたい、みたいなことを言っていたのを思い出したからである。跡部にとっては庶民の家はかなり興味をそそられるものらしい。庶民からすれば随分と腹の立つ理由ではあるのだが、跡部だから仕様がない。温室育ちのぼんぼんには庶民の苦しみなど到底分かり得ないのだ。
「これはこの公式使って……」
数学の問題を解いている途中、家の電話が鳴り響いた。
「ごめん、ちょっと待っとって」
貴重な跡部との時間を中断させよって、勧誘の電話やったらきれたる、と受話器をとれば聞き慣れた関西弁が鼓膜を震わせた。
「なんや、おかんか」
『なんやとはなんや!人が折角親切に電話したったのに』
母の要件は今月の仕送りが少し遅れるという事と、生活習慣が崩れていないかとかそういう類の話だった。
早く切りたくて仕方がないのに母親はなかなか切らせてくれない。
会話に隙がないというか、こちらが切りたがっていることを重々承知しているからそうさせないよう言葉を挟む隙を与えてくれないのだ。
『元気そうで何よりや。じゃあ』
話したいことをひとしきり喋り終えた母親は別れの言葉もそこそこにあっさりと電話を切ってしまった。
なんちゅうやっちゃ、と悪態をつきつつ受話器を置いて時計に目をやれば既に部屋を出てから十五分も経過していた。
「ごめん跡部、おかんがなかなか切らせてくれんでな―…」
急いで自室の扉を開けて室内を覗き込んだ途端、忍足の表情が固まる。
「え―っと……、」
跡部が忍足のベッドに横たわってすうすうと寝息をたてているのだ。それはそれは無防備な寝顔を晒して。性的極まりない光景である。
「ね、寝てるん……?」
規則的に上下する肩、微かに聞こえる寝息。忍足の理性をフェードアウトさせるに容易くないこの状況。
ぐらりぐらりと理性が揺れる。寝込みを襲うなんてそんな不埒な真似は出来るわけがない。しかし、だ。相手は恋人の部屋に招かれて自らの意志で眠っているわけだから襲われても文句は言えないのではないか?それを覚悟の上での、いやいやいや。でもこの絶好のチャンスを逃していいのか?逃したくはないが後が怖い、けれど…―
ぐるぐると思考が加速して巡る中、忍足は一向に結論を出せない。
「あぁもう!景ちゃんが悪いねんからな、俺は悪ない!」
自己暗示のようにそう言い放ち忍足は跡部の前髪をかきあげた。
未だ跡部が起きる様子はない。
「……少しだけ、やから」
指先で唇に触れてから、そっと自分のそれを重ねる。心なしか、甘い気がするのは気のせいではないのだろう。
忍足は女の子とはまた違うこの弾力が好きだったりする。それを言えば変態だの色情狂だの言われるので心に留めるに終わるのだが、いつか言ってやろうと思う。言ったところで大してリアクションは得られないのだろうが。
そんな思考を余所に少しはだけたシャツから覗く鎖骨やら首筋やらに誘惑されて、駄目だと思いつつもそっと舌をのばす。
軽く噛み付けば当然ながらうっすらと痕がつく。自分を刻みつけるみたいにひとつ、ふたつと。
首筋の下辺りに噛み付いた所で一旦唇を離そうとした、その瞬間だった。
「な、…にしてやがんだ変態……っ!!」
鳩尾に綺麗に入った蹴りが忍足に激痛をもたらす。
あれだけして起きない方が不思議というもので、跡部の肌を味わうのに夢中になっていた忍足はそのリスクをすっかり忘れ去っていたのだ。
「だ、だって景ちゃんが無防備に寝てるから…っ!」
「そんなの理由にならねぇよ!」
跡部は眉間に思い切り皺を寄せて忍足を睨み付けるがその頬は僅かに赤く染まっている。
「俺が見てないところで変なことすんな馬鹿侑士!」
顔を真っ赤にしてまくし立てる跡部にそうかそうか、と忍足はにっこりと胡散臭い笑みを投げ掛ける。
その笑顔には当然ながら反省の色は微塵も感じられない。
「じゃあ見てたらええの?」
「勝手に都合のいいように解釈すんなアホ」
「でも勝手に寝てた跡部も悪いで?人のベッドで寝るなんて襲ってください言うてるようなもんやん」
跡部は痛いところをつかれたみたいな顔をする。その表情にもなかなかにクるものがあって、忍足は気付かれないようにそっと唇に舌を這わす。
「……その、おまえの匂いがしたから、」
「におい?」
「そしたら何か、安心、して。その…、」
跡部の意を汲んだ忍足はふんふんと首を無意味に何度も縦に振る。
「そうかそうか、ようわかったわ」
なんて可愛いだろう、なんて我ながら馬鹿な感想を抱いて忍足は思い切り跡部を抱き締めた。
「好きや、」
「……何だよ突然、」
「景ちゃんも俺のこと好きやろ?」
数秒間の間を置いて、躊躇いがちに跡部が頷くのを見て、忍足は心が満たされるのを感じた。
「続き、やろか」
「……おぅ」
何の、とはあえて聞かなかったがとりあえず数学ではないのは確かだった。
end.
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むっつりな変態忍足と結構ピュアな跡部とか美味しいです。
2012/2/17
御題はAコース様より
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