■ すきすぎてしんじゃうよ

 部室に入った瞬間の僅かなざわめきはほんの少しだけれどいつもと何か違っていた。
 そそっかしいというか、どこか浮ついているというか、そんな感じ。
「すぐに練習始めるから、はやくコートに集まること。いいね?」
 幸村の一声にはい!と一斉に威勢のいい声が部室に響く。
 よし、いつも通り。と幸村がジャージを羽織り直して部室を出ていこうとしたその時だ。後ろから安堵ともつかぬ溜め息のような声が聞こえた。
 幸村が肩越しに振り返れば部室に嫌な静寂が広がって、暫しの沈黙が訪れる。
「……くれぐれも遅れないようにね、」

 きっと気のせいだろうと言い聞かせて、幸村は一人で先にコートに向かった。



――遅い…!

 練習の開始時間は既に十五分過ぎていた。それなのに誰もこない。本当に誰も来ないのだ。三年生はおろかレギュラー陣も誰一人として姿を見せない。
 今日は確かに練習日であったはずだ。それだけは間違いはないはずである。
 そもそも先程まで皆部室で着替えていたのだから誰もこないなんてことはまず有り得ないのだ。
 狐につままれたみたいな漠然とした不安にまかれて、幸村はとりあえず部室に戻ってみることにする。
 足は自然とはやくなっていた。


 案の定部室の電気はついていた。
 一体どういうつもりなのだろう。余りに気が緩みすぎなのではないか。第一声に何を言ってやろうかと思案しながら幸村が部室の扉を思い切り開けたその瞬間。

耳をつんざくクラッカーの音と、
同時に沸き起こる歓声、拍手。

『幸村部長お誕生日おめでとうございます!!』

 …一体何が起こっているというのだろうか。
「……へ?」
 はやくはやく、と赤也に手を引かれて奥へ進めばなんとも立派なホールケーキが机の上に鎮座していた。
「幸村部長ッろうそく消しちゃってください!」
「阿呆、まだ歌っとらんだろうが」
「赤也ははやくケーキが食べたくてしゃぁないんじゃろ」
「ち、違いますよ!」
 未だにいまいち状況が把握できていない幸村は何度もぱちぱちと目を瞬かせてきょろきょろと周りの部員を見回す。
「これ…俺の為に用意してくれたの?」
「あぁ。ちなみに企画したのは赤也だ」
「ちょっ真田副部長言わないでくださいっていったじゃないスか!」
 顔を真っ赤にする赤也の頭をなでるとさらに顔を赤くするから幸村はなんだか急に気恥ずかしくなった。
「…ッありがとう…すごく、嬉しい……」
 こみあげてくるものを必死に堪えて少し音痴なハッピーバースデイを聞く。
 拍手が巻き起こったと同時に蝋燭を吹き消す。笑顔と一緒に涙も零れて、あまりに嬉しいものだからどんな顔をしていいかわからない。
 とりあえずチョコレートプレートに書いた字があまりに汚いものだからどうせまた赤也が書いたんだろう、とからかうのが先決だな、と幸村は勝手に納得して、精一杯の笑顔でもう一度ありがとう、と。





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幸村誕生日おめでとう!!





2012/3/5
御題は自惚れてんじゃねぇよ様より



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