■ 透明を跨いでゆめをみる

 部室で赤也が泣いていた。まるで幼い子供のように声を張り上げ、あふれる涙を拭うこともせずただ感情の高ぶりに任せて周りの目も気にせず泣いていた。しきりにしゃくりあげて、目を真っ赤にして、それでもなお泣き続ける。
 何の騒ぎだといって真田が部室に入ればほんの少し空気が変わった。赤也は真田の登場に気付いていないのか、以前涙をこぼし続けた。
「赤也」
 周りの部員はてっきり真田が「日本男児なるもの泣くなど情けない!たるんどる!」といって赤也に渇をいれるんだとばかり思って気の毒そうな視線が赤也に送られていたというのにそんな予想とは裏腹真田は赤也の頭に自らの手のひらをそっとのせた。
「何故泣いているんだ赤也、泣いているばかりじゃわからんだろう」
 赤也の目がほんの少し見開かれて、まばたきをすればまたぼろぼろと涙が落ちた。

「だってせんぱいたちは…っ…そつぎょうして、だからもう一緒にテニスできなくなるじゃないっすか…ッ!おれそれがいやでいやでしょうがなくって、でもそんなわがままいえなくって!でもおれせんぱいたちとはなればなれになるなんてしんでもいやで……もうどうしたらいいかわからなくって……!」

 赤也は一息でそこまで言い切るとそのまま俯いて黙り込んでしまう。

「相変わらず馬鹿だねぇ、赤也は」

 真田と赤也が入り口の方に目を向ければいつのまにかそこには幸村が立っていた。その後ろには柳や仁王の姿もあるようだ。
「要は赤也は俺たちのことが好きすぎて仕方がないってことだろう?」
 幸村は真田を押しのけて赤也を正面から抱き締めるとそのまま言葉を続けた。
「テニス部レギュラーはみんな立海大附属の高校に進級するから校舎は隣だし、中高で合同練習だってできるし、もう二度と俺たちとテニスできないなんてことはないんだよ?まあ今までより会う機会は少なくなっちゃうけど」
 だからもう泣かないでよ、と幸村は赤也を抱き締める腕に力をこめた。
「……おれ、」
 黙ったままだった赤也が再び口を開く。長い間泣いていたせいで声はすっかり掠れてしまっていた。
「おれがテニス部ひっぱっていって、また全国制覇して、常勝の誇りを、守っていかなきゃならないんす。だから、おれが人一倍がんばって、幸村部長みたいに強くなりたいっす」
「俺みたいになるんだったら、こんなところで泣いてる場合じゃないだろ?」

「…ッ…はいっ!」


 涙で濡れた顔をごしごしと片手で拭って、赤也は部室を飛び出した。



end.
2013/3/31
御題:幸福



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