■ 息が、つまる、感覚

 金太郎は幸村に対し、本能から恐怖心を抱いていた。理由は明白。幸村にイップスをかけられたあの感覚をどうしても忘れられないからだ。
 白石を見つけても隣に幸村の姿を見つければ足が竦みあがり、その場から動けなくなる。体が幸村を拒否している。金太郎自身あの感覚を思い出したくないこともあり、金太郎は極力幸村に近寄らないようにしていた。そのあからさまな態度を白石は咎めることはしなかったし、白石はあえてその事に触れようともしなかった。

「金ちゃん、お願いがあんねんけど」

 にこにこ顔の白石が小さな紙袋を手渡しながら金太郎の顔をのぞきこむ。
「これをな、ある人のところに届けてほしいんや」
 金太郎が不思議そうに白石の顔を見返せば白石がそっと金太郎の耳元で小声で囁いた。

「幸村クンのとこ、もっていくんや」

 幸村、という名前を聞いた瞬間無意識に体が強張り、嫌な汗が背中を伝う。金太郎が反射的にいやや、と口にする前に白石の言葉に遮られた。
「幸村クンはな、コートの中やったらめちゃくちゃこわいけど、それ以外のとこでやったらめっちゃ優しいねんで?ぜんぜんこわいことないから、な?」
「……でもワイ、いやや」
「そんなこといわんと金ちゃん。これ渡すだけやから、なんならたこ焼きようさん買うたるわ」
「………ようさんってどんくらい?」
「金ちゃんが食べきれんぐらいぎょうさんや」
「……やくそくやで?」
「おん、約束する」
 金太郎は渋々ながらも改めて紙袋の取っ手をを持ち直す。
「今日中やったらいつ渡しても構わんから、頼んだで」



 一体中身は何なのだろうか、開けるわけにもいかないがやはり気になってしまう。そもそも白石と幸村は同じ部屋なのだからわざわざ金太郎に頼まずとも渡せる機会なんて山ほどある。そんな疑問を抱いたところでわかるはずがないのだけれど。
 金太郎は再度緊張の汗ですべる取っ手を持ち直し、とりあえず食堂へ行ってみることにした。



 にわかにざわめく食堂。そこには当然幸村の姿もあった。金太郎は紙袋を握りしめ、ちらりと幸村の様子をうかがう。
 食堂の端の長机で幸村は真田と談笑していた。試合をした時のあの雰囲気は微塵もまとってはいない。
 しかし金太郎の手には自然と力がこもっていた。

「どうしたんだい遠山クン?」
「!」

 しきりに幸村の方に視線を向けていた金太郎に気付き、幸村は何の気なしに話しかけていた。その瞬間に金太郎の顔が強張り、幸村は思わずしまった、と思ったが時すで遅し。金太郎が幸村に怯えているのは明確であったし、幸村もあえて触れないようにはしていた。

「えっえっとな……これ、」
「?」
「白石にな、わたしてくれいうて頼まれたんや」
「白石に?」
 どうやら幸村も金太郎と同じことを思ったらしい、不思議そうに渡された紙袋を見つめた。
「よくわからないけど、とにかくありがとう……あ、遠山クン。ちょっとまって」
 金太郎が振り返れば柔和な笑みを浮かべた幸村が金太郎の手をとって手のひらに飴玉をひとつのせる。
「がんばった遠山クンにごほうびだよ」
「……お、おおきに!」




 もしかしたら金太郎が想像しているよりも幸村はずっと優しい人物なのかもしれない。だって、

(白石とわらいかたおんなじやったなぁ…)

 飴の包み紙を丁寧にあけて、金太郎は飴玉を口に放り込んだ。口の中いっぱいに広がるイチゴ味が、金太郎の胸を幸せで満たす。


「ほめられてもうたな、ワイ」

 舌の上で飴玉をころころと転がしながら、金太郎は小さくはにかんだ。



end.
幸村をこわがってる金ちゃんにどうにかして幸村と仲良くなってほしかった白石が金ちゃんにおつかいを頼む、という話でした。わかりにくいので補足説明をば。ちなみに紙袋の中には食い倒れ人形のクッキーがはいってたって設定です。立海のみんなで美味しくいただきました。
2013/2/20
御題:彼女の為に泣いた



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