■ 魔法も奇跡もふたりの指先から
※高校生設定
最近ポエムが流行っている。クラスの女子の半数以上が読みふけっているそれが流行の原因であるらしい。
隣の席の女子生徒から少し拝借して、一体そのポエムとやらはいかほどのものなのか仁王は見せてもらうことにした。
「……」
中身はというと、まあ一言でいうと片思いの女の子の淡い恋心を綴った詩集だった。何の嘘偽りないであろう恋心、短いフレーズとフレーズの間から伝わる切なさや愛しさが目に見えるようで。
「……こりゃ流行るわな」
等身大の女の子をそのまま表現している、というか。とにかく自分とあてはまる節が多くて、共感せざるをえなかった。
「なぁ、これ一日借りてもよか?」
クラスメートから了承をとり仁王は隅から隅までその詩集を読破してみることにした。
作者の紹介欄を見るとなんと作者の『hiro』は同い年であることが判明した。ネットで調べてみたがhiroという人物は年齢以外は何もかもが非公開の謎に包まれた作家であるらしい。サイン会等も一度も開催したことがないようだ。
しかし仁王としてはファンレターのひとつでも書きたい気分だった。ここまで心をつかまれるとは最初は露ほどにも思わなかった。
仁王は便箋を引っ張りだしてくると慎重に言葉を選びながら手紙を書き始めるのだった。
**
柳生が『hiro』として始めて詩集を出したのは確か一年生の中ほどのことだった。雑誌に応募した詩が優秀賞をとりデビューが決まったのだ。
編集者が柳生の性別が男であることを考慮した結果年齢以外はすべて非公開の『hiro』という名のミステリアスな作家が生まれたのだ。
最近は徐々に知名度もあがっていて、人気ドラマの作中に自身の取り入れてもらってから爆発的にヒットした。まさか柳生自身もここまでhiroの名が売れるとは思っていなくて、いよいよ正体がばらせない状況に陥ったのである。
勿論このことは誰にも言っていない。
「……?」
放課後の教室。その手紙を拾ったのは本当に偶然のことだった。
宛名には『hiro先生へ』と丸っこい独特の字で書いてある。クラスメートの誰かが落としたんだろうか。
勝手に見るのははばかられたがどうせ自分宛てなのだから構いはしないだろう、と。紳士あるまじき行為だがこのまま何も見なかったことにするのは勿体ないような気がした。
三枚半に渡って綴られた手紙を一通り読み終え柳生は浅く息を吐いた。
嬉しい。自分の言葉たちに対する感想にここまで心打たれるなんて。
「……?」
そこでふと、柳生はあることに気が付いた。
さっきから感じていた違和感。そう、この手紙の字に見覚えがあったのだ。
柳生が記憶をたどろうと思考を巡らした、その時だった。
「柳生!」
息をきらした仁王と目があって、思わず手にしていた手紙を落としてしまった。
仁王はそれを目にもとまらぬはやさで拾い上げるとまるで縋るような視線で「中身、みとらんよな?」と聞いてきた。
ここでとっさに嘘がつけなかったのは柳生の性格故というか、とにかく柳生は反射的に見ました、と返事を返してしまった。
「……ッ柳生のあほ!おまんなんか嫌いじゃッ!」
顔を耳まで真っ赤にした仁王が捨て台詞のようにそう吐き捨ててその場をそのまま走り去ろうとする。
「まっ待ってください仁王さん……ッ!」
「言い訳なんか聞きとうない。人様の手紙の中身見るなんて紳士失格じゃ」
「仁王さん、私の話を…っ」
仁王の腕を掴むが思い切りはらわれてしまう。
このままでは仁王と柳生の関係まで壊れてしまう。それだけは避けたかった。
「はなしんしゃい柳生、」
「いやです!」
柳生はもう本当のことを話してしまおうと思った。無理に隠してしまうよりよっぽどそっちの方がいいように思われた。
「hiroは、私がhiroなんです……っ!」
「……えッ?」
仁王の動きがぴたりと止まる。
「まさか仁王さんからファンレターもらえるなんて思っていなくて、あまりにも嬉しかったものですからつい中身を見てしまったんです……ッ」
それだけ言ってしまうと何故か目から涙があふれてきて、だから嫌いにならないでください、と柳生は涙声を振り絞った。
「ほんまに…ほんまに柳生がhiroなん?」
柳生がこくこくと頷くと仁王はぱあっと顔を輝かせて柳生に思い切り抱き付いた。
「なんで今まで隠しとったんじゃ柳生!」
「ちょっ仁王さんいたいです……ッ」
仁王はくしゃくしゃになった手紙をひきのばして、はい、と手渡してきた。
「ごめんな柳生、まさか柳生がhiroなんて思いもしよらんかったき……」
「私の方こそ謝らなければならないです。ずっと…隠してきたんですから」
「柳生がhiroっちゅうことは黙っとく、じゃから新作できたら俺に見せてな?」
「……はいっ」
end.
2013/2/7
御題:hmr
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