■ おもわせぶりなきみのくちびる
※28、赤柳要素有
仁王が柳生とキスをしていた。無人の部室。無機質な空調の音だけがこの部屋の空気を支配する。
時折聞こえてくる息遣いと、舌と舌が絡み合う粘着質な音。下手に物音をたてるわけにもいかず、ブン太は硬直したままその場にうずくまった。
仁王と柳生が付き合っている、というのは有名な噂だったし、今さら現場を見たところで何も驚くような話ではない。
しかしブン太にとっては一番遭遇したくなかったシチュエーションだった。理由など言うまでもない。ブン太は仁王のことが好きなのだ。
思いを寄せている相手がチームメイトとキスを交わしている現場を偶然にも目撃してしまった。視線をそらせども甘い雰囲気に今にでもおかされてしまいそうで。ブン太は無意識の内に己の両耳を塞いでいた。
「……やなぎくん…ッ」
ふいに聞こえた柳生の声。しかし彼が口にしたのは仁王ではなく、何故か柳の名で。
「好きだ…比呂士」
それに対しまるで柳のように答える仁王。ブン太は状況がうまくのみこめず、首をひねった。
「や―ぎゅ、今日はもうおしまいじゃ」
時計をさしながら仁王が言う。柳生も腕時計に目をやり、もうこんな時間ですか、と静かに言った。
「毎回付き合っていただいて申し訳ありません」
「べつにえ―よ、また辛くなったらきたらええし」
そのままさっと荷物をまとめて柳生は反対側の出入り口から出ていってしまう。
「……のぞき見なんて悪趣味じゃのう…ブンちゃん」
仁王がそう言った拍子にブン太の肩がびくりとはねた。
「気付いてた?」
「あたりまえじゃろ」
気まずい空気が流れたのも束の間、仁王が言い訳するように付け加えた。
「俺、柳生と付き合ってるわけじゃなかよ」
「えッ?」
「柳生は参謀に片思いしとってな、じゃけど参謀は赤也と付き合っとる。だから俺が参謀のかわりに柳生の恋人役をしちょるんよ」
「…へ―…」
なるべく動揺を悟られないように、ブン太は深く息を吸う。
「だから、いつでも告白しても大丈夫じゃよ」
しかし隠しても隠しきれなかった恋心は、容易く見抜かれてしまったようだ。
end.
2013/2/6
御題:幸福
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