■ ぼくの左側を空にするのは赦さない
「白石さんっ」
「あ、赤也君。堪忍なぁ…今忙しくてあんま相手してあげられへんのや」
白石さんの隣に視線を移せばどういう取り合わせか真田副部長がいた。副部長がいる前でワガママを言うわけにもいかないので赤也は渋々首を縦に振る。
「なるべくはやく用済ませてきたるから、な?」
「……わかったっす」
頭の中は不満で一杯だったが、口には出さなかった。
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「白石、少々赤也を甘やかしすぎではないか?」
突然真田に呼び出されたかと思えば開口いちばんにそう切り出された。
「そこまでどろっどろに甘やかしてるわけやないんやけどなぁ…」
「赤也は優しくするとつけあがる質なのでな、もう少し厳しく接してもらいたい」
真田は腕組みをしながらじっと白石を見据える。白石はそんな真田の視線に物怖じすることもせず困った様子で頬を指先でかいた。
「ん…―その頼みはきかれへんわ」
「何故だ?」
まさかそんな返答をされるとは思いもしなかったのだろう、真田が困惑気味に聞き返す。
「赤也君は真田君らの厳しい練習をこなして強くなってきたわけやろ?日常から何からきっつい縛りの中で頑張ってきたわけや。そんな赤也君に飴をあげるのが俺やから…あ、勿論鞭は真田君やで」
「……」
「だから、俺は赤也君のテニス含め人間性諸々をほめてのばしてやりたいんや」
「………」
「真田君らのやり方を否定するわけやないで?ただ俺はそういうやり方やってことや」
真田は呆気にとられた顔でしばらく白石を見つめていたが、意を決したように白石の手をとった。
「……わかった」
ただ一言、それだけを言って真田は姿を消してしまった。
「赤也君、愛されとんなぁ……」
きっと白石のことを今か今かと一人待っているだろうから、はやく赤也のもとへ行ってやらないと。そんな図を想像して、白石は思わず小さく笑ってしまった。
end.
2013/1/17
御題:幸福
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