■ 小さなが今日も呼吸をしている

※大学生設定



「会計620円になりま―す」

 コンビニのアルバイトを始めて早二週間。高校を出たばかりでアルバイトの経験なんて一度もなかった仁王であったが持ち前の飲み込みのはやさで今や仕事の出来るアルバイト君、と認識されるまでになっていた。昔脱色していた髪も今は黒染めして、多分昔の知り合いに会ってもなかなか気が付かないと思う。それぐらい仁王は様変わりしていた。
「袋お付けしますか?」
 あ―いいですそのままで、と言った客の声に聞き覚えがあったものだから仁王は一瞬顔をあげ、そして運悪く客と目が合う。
 あ、ブンちゃんじゃ。
 昔の恋人と思いがけない再会を果たしたわけだが向こうが気付かない場合もある。地雷を踏まないよう仁王はすぐに目をそらして商品を手渡す。ブンちゃんが昔から好きな、チョコレート菓子。

「なぁ、おまえ仁王だよな?」
「……バレた?」
「一瞬誰かわかんなかったし。何、髪黒くしたんだ?」
「バイトしたかったから染めたんだよ。で、ブンちゃんは今なにしてるの?」
「喋り方まで変わってるし。今は近くの大学通ってる。あ、後で連絡しろよ」
 ブン太は紙切れにメールアドレスと電話番号を走り書きするとはい、と手渡してきた。
「それじゃあな!」
「おぅ」


 まるで夢みたいだった。
 中学を卒業してからは立海の系列には行かず東京の高校に通っていたから、レギュラー陣と会うこともなかったし。
 四年ぶりだった。
 あの時は離れ離れになるからといって、仁王から別れを切り出したのだ。
 泣いて縋るブン太を、仁王は突き放した。俺んことは忘れて、普通の女の子と普通の恋しんしゃい。こんな不毛な関係、断ち切った方がいいんじゃ。
 最後までブン太は頷かなかったけれど、仁王はブン太に関する情報を身の回りからすべて消した。連絡先も、以前もらったプレゼントも、なにもかも。

「これで……これでよかったんじゃ」

 今さら頼を戻そうとか、そんな都合のいいことは言えない。


 今さら恋しく思ったって、もうブン太は戻ってこない。
 そんな現実が仁王の心を射止めて、でも一度あけた蓋を閉めることは出来そうにもなかった。





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