■ きみは本当に心臓に悪い

「跡部さん、キスしてください」

 跡部のあんな表情は二度と見られんやろうな、と後に忍足は語っている。

 日吉の目は真剣そのもので、そらすことさえも許さない力がこもっていた。
 跡部が返事に困っていると日吉の手が跡部の両の頬をはさみゆっくりと唇を寄せる。
 周りの空気が凍り付くのを肌で感じながら跡部は反射的にそれを避けた。
「駄目なんですか」
「いや別に構わないけどよ…周りの目があんだろ?」
「周りなんてどうでもいいじゃないですか」
「……頭でもうったか?」
 跡部の過度なスキンシップに普段から人目を気にして部室でも廊下でも道端でも嫌がる日吉が自ら誘ってきた挙げ句周りの目なんかどうでもいい、と。あまりにも様子がおかしいのは口に出さずともこの場にいる奴なら誰しもそう思っているはずだ。
「跡部さんは俺とキスするの嫌なんですか…?」
 上目遣いにそんなことを言われてそうだしたくなんてねぇよなんてそんなわけあるか!と心の中で一人芝居をうった後跡部は日吉の頬をぺちぺちと数回たたき日吉の反応を見守る。
「……跡部さんのばかっ、もういいです!」
 日吉はそう言うなり泣き出してしまう始末。あ―あ、跡部が日吉が泣かした、と冷たい視線が跡部に突き刺さる。だがしかしこの場で日吉の要望通りにすればそれはそれで非難轟々であったはずだ。つまりはどの道こんな空気にさらされる運命であったわけである。
「泣くな日吉、キスしてやるからそんな顔するな馬鹿」
「ほんとうですか…?」
 空気を読んでそそくさと部室を出て行くギャラリーに感謝しつつ跡部は日吉の唇に自分のそれを重ねようと顎に指をかけた。
 その瞬間ばたりと、日吉が前のめりに倒れ跡部の胸へとよりかかる。
「日吉っ!大丈夫か…ッ!?」
 日吉の額に手をあてればそこは尋常でないぐらい熱を帯びていて。
「無茶しやがって…熱に浮かされてんじゃねぇか」
 跡部はそのまま日吉を姫抱きにして医務室へと向かった。




「んで、39度の熱を出しているにも関わらず部活きたひよは意識が朦朧とするなか跡部に迫ったと…いや意味分からんし」
「なにを一人でブツブツいってやがんだてめぇは」
「いや―あん時の日吉は一体なんやったんやろうって考えとったんや」
「普段おさえている部分が熱におかされた脳味噌では自制しきれなかったんじゃねぇの?」
「二人のときもあんな感じなんか?」「いや…普段はキスなんてしたくてもさせてくれねぇし、まさか自分からしたがるなんて……」
「ん―…たぶんやけど、あん時のひよはほんまのひよなんとちゃうかな」
「どういうことだ?」
「普段は素直になれんでつんつんしとるけど心ん中ではああいう風に思っとるっちゅーことや」
 要は少々強引にいっても案外かまわへんのちゃう?と忍足は言い残してそのまま会話を打ち切られる。いわゆる言い逃げだ。

「……めんどくせぇ奴、」

 病み上がりの日吉になにをしてやろうか。とりあえずキスはしなければ、と跡部は一人頷き唇の感触を想像しては何度も唇を指でなぞった。



end.
2012/12/8
御題はhmr様より



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