■ 抱き締める用意ならできている

「……なんなの、あの子」
「幸村、今のは彼女が無理矢理…っ」

 ぱん、と打たれた頬がじわりと痛む。

「もう知らない!真田なんて大嫌い!!」

 ばたばたばた、と走り去って行く足音がやけに耳について、真田は無性に泣きだしたくなった。


**


 昼休み、屋上に呼び出され同じクラスの女子から告白を受けた。部活で手一杯であるし、付き合うことはできないと真田が告げても彼女はなかなか折れようとはしなかった。学年でも可愛いと評判の彼女はここまできて引き下がるのはプライドが許さなかったらしい。確実におとせると思っていた相手が頑として思いを受け入れようとしないのがひどく不満であったようで。正直理不尽極まりないのだが折角自分に好意を寄せてくれているのに彼女を無碍に扱えるわけもなく。途方に暮れた真田はしきりに宙に視線をさまよわせていた。

「だって真田くん、彼女いないよね?なのにどうしてあたしじゃダメなの?部活を優先してくれてかまわないわ、それでもムリだっていうの?」

 幸村との関係をバラすわけにもいかない。一体どうしたら彼女をまけるというのだろうか。
「……真田くんがそこまで言うのなら、」
 彼女はそう言うなり真田の両の頬を両手ではさむと女子特有の柔らかい唇を押し付けてきた。唇をわって差し入れられる舌が妙に甘ったるくて、気持ちが悪い。

「……っやめないか!俺には思いを寄せている奴が…ッ」

「……真田?」

 屋上の入り口に視線を向ければ、帰りが遅い真田を探しにきたらしい幸村が立っていた。

「じゃあね真田くん、また放課後」

 意味深な笑みを浮かべながら彼女は幸村の横をすり抜け、階段を降りていった。



 そうして冒頭に戻る。




 その後はどこを探しても幸村はおらず、めぼしい所はすべてまわり終えいよいよどうしようかと思案し始めたとき廊下の向こうから柳が歩いてくるのが見えた。

「先ほど精市が泣きながら部室にやってきてな、今はなんとか落ち着いて今は眠っているが……一体なにがあったんだ?」

 事のあらましを真田がすべて話し終えると、柳は眉間に皺を寄せて険しい顔をした。

「A組の佐藤か」
「……ああ」

 なんでも彼女は色々な男をとっかえひっかえするので有名な奴で、狙った獲物はどんな手段を使ってでも手に入れる、そういう人物らしい。

「とにかく、彼女より先に精市をどうにかしたほうがいい」
「わかっている……今も部室に?」
「ああ、はやくいってやれ」

 真田の足は自然とかけあしになっていた。


**



「……」
 毛布にくるまって規則的に胸を上下させて眠る幸村の目元は遠目で見てわかるぐらいに真っ赤に腫れていた。
 起こさないようにそっと隣に腰をおろすと、乱れた幸村の髪をゆっくりとすいてやる。

「……さな、だ…?」

 しばらくすると幸村の瞼がふるりと震えた。うっすらと開かれた双瞼には涙の膜がはっている。

「幸村、……すまない。俺がもう少ししっかりとしていれば…」
「わかってる、わかってるよ……真田が悪くないことぐらい、わかってる」
 でも、と。幸村は続けた。
「もしかしたらこのまま真田は俺のものじゃなくなってしまったらどうしようって。あの子を好きになってしまったらって」
 正面から幸村の両腕が真田をとらえる。火照った体は熱を帯びて、しかし指先は冷たい。

「俺はおまえ以外に、恋情を譲ることはけしてない。おまえ以外の輩に目移りなどせん、おまえしか見えない」
「……俺だってそうだよ、俺には真田しかいないんだから」


「ねぇ、誓いのキスをしよう」


「誓いのキス、か?」

「そう。おとぎ話のお姫さまと王子さまみたいに、永遠に好きでいられるように」


 お互いに重ね合わせた唇は熱さと冷たさが混ざり合って、二度と離したくないと切に願うほどに甘くて、愛しいものだった。



end.
2012/11/9
御題はhmr様より



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