■ ぬるい嘘ごと飲みこんで

「あ」

 何か違和感を感じるかと思えば本日持ち帰ってきたジャージは仁王のものではなかった。
 ネームタグには丁寧な字で『柳生比呂士』と明記してある。どうやら着替えた際にお互いのジャージを間違えて持って帰ってきてしまったようだ。大してサイズも変わらないし、気付かなかったのも無理はない。
「……」
 ジャージを恐る恐る鼻に押し当ててみればほんのりと汗の香りが混じった柳生のにおいがして、仁王は無意識の内に煽られてしまう。

「……ッ…」

 すんすんとにおいを嗅げば、まるで隣に柳生がいるような錯覚に陥る。
 オカズにするのには少々気が引けたがこんな機会なんて滅多にない。こういうときぐらいは美味しい思いをしても罰はあたらないはずだ。
 柳生のジャージを抱き締めたまま仁王はベッドに向かい、意識を集中するために部屋のあかりを消した。
 柳生の香りに包まれたい。ずっと側にいて、ずっと抱き締めていて。
 そんなわがままがいつまでも続いてくれるわけもなく、こうして一人慰める他方法なんてありやしないのだ。


**


 自身の白濁でどろどろになった柳生のジャージを洗濯機に放り込み、軽い自己嫌悪に浸りつつも満たされている自分はつくづく最低だと仁王は思った。
 洗濯して柳生の匂いがなくなってしまうのは少し残念だったが、現時点でそんなこともいっていられない。
 どうかバレませんように、今はただそれを願うばかりだった。



「すいません仁王くん、間違えて持ち帰ってしまいました」

 案の定洗濯されきちんと丁寧に折り畳まれたジャージを柳生に手渡され、お返しとばかりに仁王もジャージを柳生に渡した。
「洗濯してくださったんですか?」
「当たり前じゃろ。柳生だって洗濯してきてくれたしの」
「ああ、私はただおかずに使用した際に汚してしまったので洗濯せざるをえない状況に陥っただけです……仁王くんも何か汚すようなことでもしたんですか?」
「……し、しとらんもん」
「本当に?」

 柳生に上目遣いに顔を覗き込まれて、仁王の視線は泳ぐばかり。

「や、やぎゅうのあほっ!」

 人のことなんて言えた義理ではないけれど、顔を真っ赤にして仁王は柳生の胸板を数回たたいた後結局は本当のことを言ってしまうわけだが。

「じゃあおあいこですね」

 にっこりと笑う柳生の目が物語っている意図に気づかないままに仁王は柳生の腕の中におさまった。



end.
2012/10/28
御題はたとえば僕が様より



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