■ ぎうと抱き締めてもう放さない

 付き合い始めて既に半年は経つというのに、幸村は一向にキスを許してくれなかった。ただ、ひたすらに拒む。理由を聞いても顔を真っ赤にして首を横に振るばかりで、全くもって原因は不明。手を繋ぐまではセーフで、そこから先は何も進展しない。
 やはり男子と女子とではそういう感覚が違うのか。余り執拗に迫って幸村を困らせるのも嫌だから真田もしつこく追求はしない。
 したくない、というのだから仕方が無い。然し好きな奴相手にキスひとつ出来ないというのは些か辛いものがあった。
 幸村の唇を見る度に自分のそれと重ねたくなる。そんな衝動に駆られる度に己を叱咤する意味で頬を抓ったり、手の甲に爪を立てたりとしていたわけなのだが。

「キス、してもいいか?」

 ある日の帰り道にふと零れた一言に、幸村をびくりと肩を震わせた。
 そこまで怯えなくてもよいだろう、と真田は純粋に疑問を抱くが幸村の顔はみるみる間に赤く染まっていく。
「さ、真田!」
 何かを決心をしたような面持ちで、幸村が顔をあげる。
「……いいよ、キスしても」
 何の心境の変化なのだろうか。あれだけキスを嫌がっていた幸村がそれを良い、といっているのだからこのチャンスを逃すわけにはいかないだろう。幸村は気紛れだからいつ気が変わってもおかしくない。
「恥ずかしいから…目、閉じて」
 道の端に立ち止まって幸村の輪郭を指先でなぞって、真田は幸村にそっと口付けた。

「…なぁ、幸村」
「……何?」
「あんなに嫌がっていたのに、…その、何故キスを許してくれたんだ?」
 きょとん顔の幸村は赤く染まっていた顔をさらに赤らめて口をぱくぱくと開閉させる。
「だ、だってキスしたら赤ちゃんできちゃうんだよ!!いくら好きだからって、かんたんにキスしちゃいけないってお母さんが…っ…」
 幸村が余りに真剣に言うものだから、真田は笑うに笑えなかった。
「…あのな、幸村。それはだな…」

 真田が一通り説明し終わると、幸村は唖然とした表情で暫く動かなかった。どちらかというと動けない、という方が正しかったのかもしれない。
「それ、嘘じゃない…?」
「何故俺がおまえに嘘をつかねばならんのだ」
「じゃあ何回でも、キスしていいの?」
「……ああ」
 幸村が赤らめた顔を鼻先がつくほどに真田に近付けて、癖っ毛の前髪がふわりと触れる。
「じゃあもう一回、して」
 今度は目を閉じないで、真田のことを見たいと言って。

 そっと唇を寄せた。



end.
2012/2/2
2012/11/18 加筆修正
御題は自惚れてんじゃねぇよ様より



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