■ 惹かれる程に報われない
「さなだ―…」
何度声をかけても、真田はうんともすんとも言わない。代わりに聞こえてくる微かな寝息に幸村は僅かな苛立ちを覚え、真田の額を指先で軽く弾いた。
「…ぅ…、…」
真田は少し身動いだだけで一向に起きる気配はない。下校時刻が刻々と迫る中どうやって起こしてやろうかと幸村の悪戯心が騒いでいた。
「無防備な真田が悪いんだ……」
周りに人がいないことを確かめて、幸村は真田の前髪をかきあげる。
下校時刻手前の五時五十八分。今日は少し早めに部活が終わったから教室でだべるつもりだったのだが、思いの外疲れていたらしい真田がぐっすりと寝入ってしまったのは些か誤算だった。
――俺もどうかしてる、けど
そっと唇を寄せて、かさついた真田の唇に幸村は自分のそれを重ね合わせた。
見た目とは裏腹に、わずかな弾力をもった唇は幸村の興奮を煽る。
触れるだけのキスを何回か繰り返し、幸村は一人嘆息する。こんなこと、本人の前では恥ずかしくてできないから。幸村の中に芽生える羞恥心というか、わずかに繋がった理性からの警鐘というか。
「すき、って。こんなときなら言えるのに」
そうこぼしてから後、幸村は真田の乱れた前髪を正して本日何度目になるかわからないため息を吐き出した。
end.
2012/10/6
御題は魔女のおはなし様より
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