■ 追いかける幸福

 深夜にさしかかる少し手前。時刻は午後11時53分。
 跡部の携帯が鳴ったのは丁度読みかけの文庫本を開いたのとほぼ同時で、跡部は渋々本に栞を挟んでサイドテーブルにおいた。
 こんな夜遅くに一体何の用だと跡部が電話をとれば聞き飽きた声が受話器ごしに響いた。

「あ、もしもし。景ちゃん?」

 寝とったらどないしようかと思ったわ、と忍足はほっとしたような声を漏らした。

「こんな時間に何の用だ、つまらねぇ用事だったら殴る」
「めっちゃ大事な用やで―、ほんま緊急事態。今かけなあとで大変なことになるぐらい」
「じゃあ勿体ぶらずに用件だけ言ってはやく切れ。俺様は就寝前の読書にいそしみてぇんだよ」
「ん―もうちょい待って」
「あんまふざけてるとまじで切るぞ?」
「ほんま待ってって!あともうちょいやから……」

 忍足がそういうなり跡部の部屋に飾られていた時計が日の入れ替わりを告げる鐘を鳴らした。電話ごしに忍足も聞こえただろう。

「誕生日おめでとう、景ちゃん」

「……は?」

 一瞬忍足が何を言っているのか、理解するのに時間がかかった。

「え、もしかして間違ってた?」
「いや、確かに誕生日だけどよ…」
「だけど?」
「まさかわざわざ電話よこしてくるなんて思わなかったんだよ」


 受話器ごしに小さく跡部がありがとう、とこぼせば明日一緒にケーキ買いにいこな、と忍足は嬉しそうに返した。



end.
2012/10/4
御題はilta様より



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