■ 消えてしまいそうで怖かった

※手術後

 もうテニスなんて出来ないだろうと、そんな言葉が頭の中でぐるぐると反芻して、幸村はその見えない何かにそのまま押し潰されてしまいそうだった。
 何度声を殺して泣いたかわからない。様々な感情が交錯して混濁して溶けきらないままに心の内に沈んでいく。
 それを吐き出す術もないままに、真綿で首を締められたような苦痛と苦しみが途切れることなく幸村を犯していくのだ。

「幸村、」

 甘い、甘い声が頭の上から降り注いでくる。
 幸村の大好きな、大切な人の声。
 その声の主を瞳に映そうと重くのしかかってくる瞼を無理矢理こじ開けようとするが、それは叶わなかった。

「真田……」

 つい昨日見たばかりだというのに、随分と久し振りに会ったような錯覚に陥る。
 それほどまでに、この場所の時間は永遠なのだ。
 白を基調とした病室は気が滅入るほどに殺風景で、じっとしているだけで息が詰まる。

「部活のあとで一二年生に渡してくれと頼まれて預かってきたものなんだが…―」

 真田は鞄から一枚の色紙を取り出すと、そっと幸村に手渡してくる。

「今はまだ辛いかもしれないが…皆おまえの帰りを信じて、待っている。常勝を誇りにして」

 色紙一面に所狭しと書かれた言葉たちに、普段はさして弛まない涙腺が音をたてて崩れていく。

 目の前に迫る死と、思うように動かない体に何度死んでしまいたいと思っただろうか。
 手術が成功し、必死のリハビリを続けている今。俺は常勝を、立海を再び背負う。
 否、違う。俺は立海に支えられて、皆に支えられているんだ。最高の仲間を、かけがえのない宝物を。


「ありがとう……俺は、必ず皆のもとへ帰るよ」

「……あたりまえだ、」


 目尻に滲んだ涙は頬を伝って、真田の手のひらを濡らした。



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2012/9/22
御題はAコース様より


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