■ 淡くゆるやかに滲む魔法

 ショーウィンドウに飾られたそれは仁王の目を惹くには十分過ぎるほどに、硝子の中でまるで王様みたいに鎮座していた。

 きっと飾り物の一部か何かだと思っていたのにそれはちゃんとした売り物で、おそるおそる値札をのぞいてみれば仁王には到底払うことができないであろう金額が透明なプレートの上で躍っていた。
 しかし可愛いことにかわりはない。欲しいと思ってしまえばその欲求を抑えることなんてできなくて、気が付けばじっとショーウィンドウの中を見つめていた。



「それでな、そのくまがすっごいかわいかったんじゃ」

 ショーウィンドウのくまのぬいぐるみ。家に帰ってから何度もあのつぶらな瞳を思い出して、仁王は耐えきれずに日吉に電話をした。
 くまのぬいぐるみがかわいかった、なんて話を友人らにできるはずもなく、とりあえずは同じ趣味を共有する同士ともゆうべき後輩に電話をしようと思ったのだ。
「あの…今度の休み、俺も一緒に見に行ってもいいですか?」
「うん、一緒に行こ」
 日曜日の約束を取り付けて、仁王は電話を切った。
 日吉は無類のぬいぐるみ好きらしく、ベッドには様々な種類のぬいぐるみであふれかえっているとか。新しい子が増えたのでまた今度招待しますね、と言っていたので来月にでもまたお邪魔しよう。
 初めて行ったときは緊張もあってかあまり部屋をじっくり見ることが出来なかった。
 あのくまのぬいぐるみと日吉を並べたらきっと可愛らしいに違いない。日本人形みたいな日吉はぬいぐるみと並べると不思議としっくりと当てはまるのだ。

**

 日曜日の朝十時。流石に学校の近くで女装をするのは気が引けたのでわりとラフな格好で家を出た。待ち合わせ場所の駅は時間帯のせいもあってかたくさんの人で賑わっていた。
「あ、仁王さん!」
 日吉の声がして、そちらの方をを向いて仁王は思わず声をあげそうになった。
 暖色系の淡い色のワンピースにレースのあしらわれた薄目の上着を羽織った日吉はどこからどうみても女の子そのもので、あまりの可愛さに仁王はしばらく視線を外せなかった。
「あれ、仁王さんもてっきりこういう服装でくるのかと」
「ここは地元じゃき、誰かに見られたら困るき今日はきてこんかったんよ」
 そうですか…と残念そうに肩を落とす日吉にごめんな、と言えば日吉がまた今度見せてくださいね、とほんの少しはにかんだ。
 まるでとびきり可愛い彼女とデートに行くみたいじゃ、と仁王は頭の片隅でそう思ってすぐに今日の目的について思い出した。
「ほんなら見に行こか」
「はい!」
 駅から数分歩けばすぐに目的地についた。ショーウィンドウに向かって仁王と日吉は歩いていく。
「確かこの辺なんじゃけど…」
 と、仁王の表情が一瞬でこわばった。
「ない…ない、なくなっとる!」
 ショーウィンドウの中で鎮座していたくまのぬいぐるみの姿が忽然と消えていた。透明な硝子に手のひらを押し付けながら、仁王は今にも泣きそうな顔をする。
「せっかく日吉に見せてあげたかったんに…っ…」
「だ、大丈夫ですよっ。見たかった気持ちはやまやまでしたが…どなたかが買われてしまったんでしょうから、しようがないですよ」
「……ごめんひよし」
「仁王さんがあやまることじゃないですよ。ほら、時間もたくさんあるんですから。いっぱいお買い物しましょう?」

 その後日吉に手を引かれ色々な店を見て回ったが仁王の頭からはあのくまのぬいぐるみのことがどうしても離れず、何度も目尻に涙をためてはこらえるのを繰り返していた。
「あの、仁王さん。俺仁王さんのお家にお邪魔したいです」「ええよ、こっから歩いてすぐやし」
 そんなこんなで日吉を家に呼ぶことになった仁王はとりあえず家に電話をかけることにした。
「もしもし…あ、姉ちゃん?」
『ちょうどよかった雅治、お客さんきてるからはやく帰ってきてやんなさい』
「…客?」
『い―から、今すぐ帰ってきなさいね!じゃ』
 電話はあっさりと一方的に切られあまりに横暴な姉に仁王は思わず溜め息を吐く。
「どうかしたんですか?」
「約束もしとらんのに誰かが勝手にあがりこんでるみたいじゃ。まぁ正規のお客さんは日吉じゃき、遠慮なんてせんでええ」

 商店街を抜けて入り組んだ住宅街な入るとそこからさらに二分ほど歩いたところに仁王の家はあった。
「ただいま―」
「ちょっとちょっと、私彼女つきなんて一言も聞いてないんだけど!?」
「姉ちゃんが一方的に電話切ったんが悪いんじゃろ」
「とにかくはやく部屋いきなさい、きっと待ちくたびれてるわよ」
 お客さん、といって勝手に部屋に入れるぐらいだからそのお客さんが誰なのか、なんてすぐにわかる。

「あんなあ柳、家来るときは一言ぐらい…って、あ」
 日吉が女装をしていることをすっかり忘れていた仁王は思わずしまったと小さくもらしたが気付いた時にはすでに遅く。
 日吉も仁王の様子を見て気づいたのか、顔を真っ赤にして慌て出す。
 色々あって柳は仁王の乙女趣味を知っておりさらには理解までしてくれた。
 その旨を日吉に伝えようとした先、仁王の視界に入ってきたのはここにあるはずのないもので。
「なんでこれがここにあるんじゃ…?」
 仁王のベッドの上にはショーウィンドウの中にいたはずのくまがちょこんと座っていたのだ。
「おまえ、それを欲しがっていただろう?」
「ほ、ほしいなんて一言も言っとらんかったし!」
「前を通り過ぎるたびにあれだけ凝視していればいやでもわかるさ」

 動揺と嬉しさが入り混じって仁王の頭の中はもうパニック状態で、されど仁王の手はくまにのびていた。
「ひよし!みてみんしゃい、俺が言っとんたんはこのくまさんやき!」
 日吉はあまりの感動に声が出ないらしく、何度も目をぱちくりとさせている。
「お、おれもぎゅってしていいですか?」
「もちろんじゃ、ほら日吉、はようきんしゃい」




 ぬいぐるみを囲んではしゃぐ二人の姿を見て柳は微笑むと二人にばれないよう跡部に連絡をいれた。
『仁王も日吉も大変喜んでいる、金の工面は本当に助かった。礼を言う』
『あれぐらいの金なんともねぇよ、ちゃんと日吉の分も郵送しておいたからな。日吉のやつがどんな顔するか今から楽しみだ』
『それと、本当に今回の報酬は日吉の写真でいいんだな?』
『あいつ俺の前では絶対女装しねぇから、可能な限り頼む』
『了解した、携帯では画質が落ちるだろうから今日はデジカメも持参している。あとでそちらのデータも送ろう』
『流石柳、おまえとは上手くやっていけそうだぜ』
『ふふ、こちらもまったく同じ事を思っている。では、俺はこれから隠し撮りにいそしむとするよ』

 ぱちんと携帯を閉じて、柳はそっとデジカメの電源をいれた。




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鳥様リク、恋と砂糖とカラメルから仁王と日吉の乙女趣味な話の続きでした!勝手に柳仁と跡日要素をいれてしまったのですがすべては相楽の暴走でございます。
乙女趣味設定は需要あんのかこれ的なノリで書いていたのでリクエストをいただいて本当に嬉しかったです…!無駄に長くなってしまいましたがお楽しみいただけたでしょうか?
またもや続編書くやもです。予定は未定ですが……

それでは鳥様、素敵なリクエストありがとうございました!



2012/9/15
御題は幸福様より

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