■ それは私じゃない
……あれ、なんだあれ。
おかしい、あれは、僕の姿をして。
幸村くんと口付けを交わしている。
あまりにも頭が混乱していて、わけがわからなくて。でも一握りの冷静な思考が目の前の有り得ない光景を受け止めている。
あれは僕じゃない。あれは誰?
今日幸村くんと待ち合わせをしていたのは紛れもない、恋人である僕だ。
僕は急いで待ち合わせの公園にきて、幸村くんの姿を見つけて。
「……仁王か、」
ある一つの可能性に思い当たり、僕はすぅ、と目を細めた。
「幸村くんから離れてくれないかな、仁王」
「なんじゃつまらんのぅ…もうバレたんか」
あっさりと幸村くんから離れた僕の姿をした仁王は僕の方を見て意味深なにやにやとした笑みを崩さなかった。
「幸村くんは僕のなんだから、あんまりふざけたことしたら流石におこるよ?」
口調こそ穏やかだが、そこには明らかに怒りの意志がこめられていた。
「ちょっとした悪戯やき、そんな目くじらたてんとって」
そういうやいなや、仁王はふらふらとどこかへ姿を消してしまった。
あとには幸村くんと僕が取り残される。
「……あんなに怒る不二、はじめてみたかも」
「あたりまえだよ、恋人と僕以外の誰かがキスしてるなんて、赦せるわけない」
「……気付けなくてごめん」
「幸村くんが悪いわけじゃないし……ちょっとびっくりしただけだよ」
どちらからともなくキスを交わして、はやく嫉妬の念を掻き消してしまいたかった。
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2012/9/10
御題は魔女のおはなし様より
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