■ 吐息が甘く味を付けるように

 昼休みの喧騒から逃れたくて、コンビニで買った食料を手にいつも通り屋上へ行こうと席をたった時、ふいに腕を掴まれた。

「どこへ行く仁王」
「どこって……いつものところじゃ」

 柳が腕を離す気配はない。一体何のつもりなんだと困惑の視線を向ければ、柳の口から予想外の台詞が飛び出した。

「今日は俺と一緒に昼食だ」
「なんで」
「嫌か?」
「別にそういうわけやないけど……」
「ほら、そこに座れ」

 渋々柳の向かい側に座ると、柳はにこにことこちらを見て笑っていた。

「どういう風の吹き回しじゃ…こんなこと言うたことなかったんに」
「たまにはいいだろう?……恋人らしいコトをしたくなったんだよ」
「恋人らしいコト?」

 仁王が頭の周りにはてなを散らしていると柳がお弁当のおかずを箸でつかむなり仁王の口元にもってきた。

「?」
「はい、あ―ん」
「………」
「はやくしろ」
「…っ…そんなはずかしいことできん」
「残念だな……仁王の愛はその程度のものなのか…」
「そっそういうわけじゃないき!」
「なら、食べてくれるよな?」
「……う、」

 仁王がおずおずと口を小さくあけると、ほどよい味付けのロールキャベツが舌の上に召還される。
 これじゃあまるで本当に普通の恋人同士のようだ。異性であれば、きっとよくある光景のひとつで。
 同性でやるなんて、やはり変に決まっている。

「そんなに周りの目が気になるか?」

「だって俺、女ちゃうし」
「仕様がないな……つまりは俺たちの関係を公にすれば問題ないということだろう?」
「え?」

 次の瞬間柳が唇をよせてきたかと思えば、そのまま口付けられた。


「!?」


「これでおまえの悩みの種も解決だ」


 むしろ悩みの種を増やしただけだというのに、何故か柳はまるで勝ち誇ったような表情で。


 空気がフリーズした教室内で、柳は一人余裕の笑みをこぼすのだった。



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2012/8/28
御題は幸福様より


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