■ お楽しみは、躊躇のあとに

 いい子のフリをするのに疲れた、というのが正直な理由だった。
 犯罪に手を染める理由なんて様々だ。ブン太はたいしてお金に困っていたわけではないし、こづかいだって十分にもらっていた。それでも万引きという行為に走ったのはただただスリルを味わいたかっただけに過ぎないかもしれない。
 万引きを始めて、最初は一回だけと思っていたのにあと一回、あと一回だけ、と。
 バレたらどうしよう、なんて思うことももうなくなってきていた。心の隅の良心が痛むことも、なくなっていた。

「み―ちゃった、」

 鞄に忍ばせたフーセンガム。隣で嗤うのはペテン師と名高い仁王雅治、その人であった。

「それって犯罪なんよブンちゃん、知っとった?」

 何が楽しいのか、終始笑みを崩さない仁王を避けるようにブン太がスーパーの自動ドアをくぐり抜けようと身を翻した時だ。

「学校にちくられとうなかったら、明日の放課後に体育館裏。来んかったら、わかっとるよな?」

 背中に嫌な汗が伝っていくのがわかった。告げ口でもされようものなら部活停止はおろかもしかしたら停学の処分もくらうかもしれない。仁王のことだから録画ないしその類のことはすでにしているだろう。証拠を握られてしまえばもうブン太になす術はない。
 お金を巻き上げられたりするんだろうか。ドラマの見過ぎかそんな考えが頭の中をぐるぐる回って、どうしようもない現実に焦りを感じるどころか一種のスリルに興奮している自身に思わず溜め息をついた。



 仁王の言葉通りに次の日の放課後、ブン太は体育館裏に向かった。
 すでにそこに仁王はいて、携帯を片手に壁に背を預けていた。
「ブンちゃん、まっとったぜよ」
「一応金ならあるけど」
「別にお金なんていらんよ」
「……え?」
 じゃあ一体なんの目的でブン太を呼び出したというのだ。

「あのコトだまっちょったるから、俺ん恋人になってほしいんじゃ」
「……コイビト?」

 いよいよわけのわからない展開になってきた。
「俺、オトコ」
「言われんでもしっちょる」
「……頭うった?」
「俺、ずっとブンちゃんのこと好いとったんよ」
「しんじらんねぇ」
「ブンちゃんに拒否権はないはずやけど、なんならこれ焼き増ししてバラまこうか?」
 SDカードをひらひらさせながら仁王が笑みを深める。
「恋人になれっていっても、俺、何していいかわかんねぇんだけど」
「俺が教えちゃるから安心しんしゃい。…もうブンちゃんは俺のもんやき、」
「………」

 あまりに非日常な展開に心躍らせてしまった。仁王のことを、好きでもなんでもないのに。

「別にかまわんやろ?もっと刺激的な日常、みせちゃるから」

 ブン太の心をどこまでも見透かしたような言動、視線。

 興奮は、やまなかった。



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2012/8/22
御題は魔女のおはなし様より


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