■ 私は簡単に嘘をつく

 仁王が浮気をしていることは最初から知っていた。知っていたけど、あえて知らないフリをしていた。
 他の女と手を繋いで、街中に消えた姿を何回見たのだろう。見る度に心の奥がちくりと痛んで、でも泣くことだけはしなかった。泣いてしまったら自分が負けたみたいな気分になるから、だから泣かなかった。
 仁王の浮気癖に気付いたのは付き合い始めてすぐの頃だった。元々女遊びが激しい、という噂は聞いていた。大して独占欲が強いわけでもない。既成事実として仁王とブン太が付き合っている、というその程度の認識。それでも仁王の恋人はブン太だ、他の女と違うポジションなのだ。ただただ自分にそう言い聞かせて、ブン太は晴れない気持ちを奥へ奥へと押し込めた。
 他の女と並べられるのは気に食わなかったけれど、今さら余計なことをして捨てられるなんて耐えきれなくてブン太は必死に言葉をのんだ。自分に魅力がないせいだと、そう思い込んだ。


 そんな時だ。そんな薄暗い思いを抱えたまま、積もりに積もった疑念や嫉妬心が溢れ出したのは仁王のとある一言が引き金だった。

「ブンちゃん、…俺は他の誰よりもブンちゃんのことが好きじゃよ」

 狙いすましたかのように吐かれる甘い言葉。おまえは何人の女に、その台詞を囁いているんだ?
 酷く冷静な思考は屈折を繰り返してよりネガティブな回路を見いだす。
 俺はそんな安い言葉にはなびかない。思うようになんて、いかせてやらない。

「おまえさ、それ。本気で言ってんの?」
「……どういう意味じゃ?」
「どうもこうも、言葉のと―り」

 ブン太は仁王の口元に人差し指をあてると意地の悪い笑みを浮かべて一言、嘘吐き、と。

「ペテン師ならそれらしく、俺をペテンにかけてみろぃ」

 仁王はすぅ、と目を細めると先ほどまでの態度と打って変わって、今度はブン太の顎を指先でとらえた。

「俺の口説きにのらんかったんはおまえさんが初めてじゃ」
「俺はなかなか堕とせないぜ?」
「……ほんなら俺がおとしちゃるよ、」

 それじゃあお手並み拝見といこうか、そう言って二人して笑った。



**


 恋人同士ですることなんて大概皆一緒だ。
 手を繋ぐ、キスをする、一緒に帰る、…あとはセックス?

 ブン太の認識はそれぐらいのものだった。しかし仁王はキスはおろか手を繋いでもこない。
 要は来るならこちらから誘え、ということらしい。
 ブン太もそこまで馬鹿ではないのでそう易々と仁王の手にはのってやらない。
 端から見ればまるで恋人とはかけ離れたお付き合い。二人の間で繰り広げられる騙し合いは、一向に終わりを見せなかった。

「なかなかしぶといのぅ…」
「別に降参するならいつでもいいぜ?」
「生意気な女じゃ、」

 しばらく何かを考え込む素振りを見せた仁王はふいに何かを思い付いたようで、ブン太の手をとると一瞬の隙をついて窓際の壁に押し倒した。

「あんな、ブンちゃん」
「なっ、なんだよ」
「俺な、ほんまにブンちゃんのこと好きなんよ?」
「……あっそ」
「最初はブンちゃんも他のやつとおんなじじゃと思っとった。でも、違ったんじゃ」
「……何が、」
「他の女は俺にあきたらすぐに別の男んとこに行った。でもな、ここまで一緒にいてくれたんはブンちゃんがはじめてなんじゃよ」

 黙りこくるブン太に、仁王は言葉を続ける。

「毎日ブンちゃんのこと考えて、どうやったらブンちゃんが俺を見てくれるかって……俺の頭ん中ずっとブンちゃんのことばっかで…」

 いつの間にか、遊びじゃのうて本気でブンちゃんのことが好きになっとった。

「なぁブンちゃん……ブンちゃんは俺んこと、すき?」
「―…ッ、……!」
「え?なんて?」

 開け放された窓から、風が吹き込む。
 ひらりと舞い上がるカーテンが二人を包み込んだ。

「俺の負けだ……ばか」

 無理矢理押し付けた唇はじわりと熱を帯びる。
 どさくさに紛れて仁王の手がブン太の太股に触れ、その手によってスカートが捲れるのにも構わずブン太はひたすら仁王の唇を貪った。

「…ッ…へんたい、」
「期待しとるくせに」
「してねぇし」


 誰もいない教室で不純異性交遊なんて、ばれでもしたら大問題だ。でも、この空気に流されてしまいたいとも思った。

「ブンちゃん、勝負に勝ったんは俺やき。いっこだけいうこときいてくれん?」
「まあ……いっこぐらいならきいてやるよ」

 仁王が待ってましたとばかりに器用に片手でブラのホックを外すと、標準よりやや大きめの胸が顔を出す。

「ばか、あんま見んな…っ…!」
「いやじゃよ……せっかくの機会やき、たっぷりかわいがっちゃる」

 仁王は元々その気であったくせに改めて抱かせて?とわざとらしく言ってくる。ただでさえ羞恥でどうにかなってしまいそうになっているというのに。
「すき、すきなんじゃ」
「うっさい、」
 ブン太が頬を赤く染めて目をそらしたのを見計らって仁王が器用な手つきでブン太の体を撫で回す。その度にびくん、と細い体がしなった。

「あ……っだめだって、に、お…ッ」


 仁王に堕ちてしまった。でも、不思議と後悔はなかった。




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匿名様リク、仁にょたブンでシリアス→甘からのほんのりエロとのことでしたがなんとも中途半端な仕上がりに……
序盤シリアスのつもりで書いたんですが徐々に方向性が変わってしまってこの有り様です。

返品苦情等は24時間いつでも受け付けておりますので!
それでは、素敵なリクエストありがとうございました!


2012/7/25
御題は魔女のおはなし様より


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