■ もう逃げられません。

 部室の隅に追い詰められた幸村はなす術もなく壁に後ろ手をつく。

「もう逃がさんからな」

 目の前に迫った真田に幸村は唇を噛み締める。

「嫌なものは嫌」
「我が儘を云うな」

 今回ばかりは逃げ切るのは難しそうだな、と頭の隅で考えながら幸村はなんとかこの状況を打破する方法を模索するが一方的に幸村に非があるため正攻法では到底立ち向かえそうにもない。

「小学生じゃあるまいし、水で流し込めばそれでしまいだろう」
「真田は簡単に言うけどカプセルはまだしも粉だけは耐えきれない!嫌だ絶対飲まない!!」
「……、…」

 頑として薬を飲むことを拒む幸村に真田は呆れて仕舞には肩を落とす。

「ではこうしよう、」

 名案を思い付いたとばかりに真田が手を打つ。

「なにさ、その名案って」
「薬を飲まないのならば一週間“そういうこと”は禁止する、というのはどうだ?」

 そう真田が言った刹那、幸村の動きが制止する。

「どういうこと、それ」
「つまりは薬をこのまま拒否し続けた場合、一週間は手も繋いでやらんしキスもせん。恋人らしいことは、一切禁止だ」
「……ぅ、」

 さあどうする?と真田に問われても幸村は尚も往生際悪く首を縦に振ろうとはしない。

「俺は有言実行だからな、」
「……あ―もうわかったよ!飲めばいいんだろ飲めば!」

 幸村は喉に粉薬と水を一気に流し込んだ後、そのまま飲み込みどうだ飲んでやったぞといった風に真田を見つめる。
 するとそれまで険しい表情を崩していなかった真田の顔が、ふっと弛んだ。

「よし、」

 まるで小動物のように頭を撫で回してくる真田に、幸村は頬を膨らませる。

「そうやっていっつも真田は俺のこと子供扱いする」
「実際俺たちはまだ子供だろう」
「そうだけどさ―って……あ、そうだ」

 幸村は真田と同じく名案を思い付いた、と俄かに顔を輝かせた。

「ね、ご褒美にキスしてよ」
「何故そうなる」
「だって俺、頑張って薬飲んだじゃない」
「……一回だけだからな」

 こういうときに真田が折れるのが人一倍はやいのを幸村は知っている。それを知った上の犯行がわかっているだけあって、真田の心境は複雑だ。
 幸村は目を閉じて準備万端、と真田に唇を差し出してくる。


 ゆっくりと唇を合わせると、少しだけ口の中に残った薬の味がした。



end.
2012/1/25
2012/9/30 加筆修正
御題は自惚れてんじゃねぇよ様より



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