■ となりあわせの呼吸

 何故気付かなかったんだろうか。

 仁王は自分の右腕に油性ペンで大きく書かれた『まるいぶんた』の文字を眺めながら盛大に溜め息を吐き出した。
 昨夜の夜更かしがたたって爆睡していた仁王が目を覚ませばクラスメイトの好奇な視線が突き刺さっていたものだから、一体何事だろうかと顔をあげた途端に全てを理解した。

(どういうつもりなんじゃ……)

 今日は運悪くセーターは持っていないし、腕を隠す術はもはや皆無だ。ブン太との仲を隠しているわけではないので別に見られてどうというわけではないのだが、やはり仁王にも羞恥心というものがある。
 わざわざトイレに行って消すなんてことはしないが、そもそもこれは一回洗ったぐらいでとれるのだろうか。

 仁王はなおも周りの視線を痛いほどに受けながら、自然と足は上を目指して気付けば屋上へとたどり着いていた。

「こ―らブンちゃん。一体どういうつもりじゃ。人に落書きするなんて悪趣味じゃき」

 案の定屋上のフェンスにもたれかかって風船ガムをふくらませて遊んでいたブン太は仁王の姿を確認するなり悪戯っぽくにやりと笑ってみせた。

「ぜんぜん起きなかった仁王が悪い―」
「おまえなぁ……」

 口調とは裏腹、素直に仁王に甘えてくるブン太は仁王の腰に腕を回し、ぎゅう、と力をこめてきた。

「言いたいことがあるんならちゃんといいんしゃい」
「……だって他のやつが仁王のことばっか見てたから」
「べつにブンちゃん以外の奴に転んだりせんよ」
「でも、わかんないじゃんか」
「ブンちゃんは心配性やね……」

 単なる落書き、というのはやはり建て前で、本当はちょっとした独占欲の片鱗だったようだ。

「俺が好きでたまらんのはブンちゃんだけじゃよ」
「あたりまえだろ、ば―か」


 ブン太をフェンスに押し付けたまま、仁王は熟れた唇に口付けをおとした。



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2012/7/4
御題は幸福様より


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