■ 君の影しか見えなくて
立海大附属のテニス部の部室にはシャワー室なるものが設置してある。
部活後の汗を流すのに使用されるわけであるが生憎予算の都合上男女に分けられていないのが唯一の難点である。そのため練習の終わる時間をわざとずらし、時間によって男女の使い分けをはかっているのだが……
「やっべ!女子の使用時間過ぎてっし!」
ちらちらと時計をみやりながらブン太はシャワー室に向かって走っていた。
部活の後ついつい後輩と話が弾んでしまい今の今までシャワー室の利用時間のことをすっかり忘れていたのだ。
利用時間は過ぎているが、汗でベトベトなまま帰るのは絶対に嫌だ。
……と、ブン太は妙案を思い付きその場で手を打ち鳴らした。
「男子の練習が終わるまであと三十分はあるだろうからそれまでに浴びたらいいんだ…!」
シャワーを浴びるだけであるし、大して時間はかからないはずだ。
ブン太は素早く制服を脱ぎ捨てるとシャワー室に入り、カーテンを引く。
ブン太は思い切りコックを捻って、熱い飛沫を顔から浴びる。
その日の練習の疲れがすべて流れていくみたいな、そんな気さえするから。
おっと。はやくすませてしまわないと。
と、ブン太が髪についた水滴を振り払いながらバスタオルに手をのばしかけたその時だ。
「……ん?」
カーテンを掴むブン太の手と誰かの手が重なる。
「なっ……なんで女子がこんな時間におるんじゃ……っ!?」
これはまずい、と思った瞬間にはもう遅くて、カーテンという心許ない仕切りはそのまま取り払われてしまった。
目の前にいたのは目をまん丸く見開いた、仁王で。
「……ッ!!」
タオルで体を隠すなんて機転も何もまわらず、ブン太はそのままその場にうずくまってしまう。
「…しばらくは人来んから、はよ着替えんしゃい」
「……言われなくてもわかってるし、」
物凄いはやさで着替えを済ませてブン太は仁王の方を見向きもせず全力疾走でシャワー室を出て行く。
「……けっこう、でかかった」
ぽつりと呟かれた最低な台詞にブン太が気付くことはなかった。
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2012/6/26
御題はたとえば僕が様より
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