■ 甘すぎた悲しみ
※真田不在
ふと。今、目の前にいる人物の名前はなんだったろうかと。
顔はわかる。でも、名前がわからない。真っ白い髪で、特徴的な喋り方で、部活が一緒で。えっと、う―んと。
どうしよう、思い出せない。
「幸村に仁王!今からミーティングを始めるからはやくこちらにこい」
ああそうだ。今幸村と話していたのは仁王だ。ようやくすっきりした。心の中のもやもやが綺麗さっぱり晴れた気分だ。
それにしても、仁王の名前をど忘れするなんてどうかしている。今まで共に戦ってきたチームメイトなのに。
その時はよくある物忘れだと思って、幸村は大して気にすることはなかった。
「最近やけに物忘れが激しくないか?」
真田にそう言われたのが先週の話。
課題の出し忘れや物忘れが最近になってやけに多くなっていることには幸村自身自覚はしていた。一体どうしたというのだろうか。前は、こんなことなかったのに。
最初こそただの物忘れだと思っていた。でも、何かがおかしい。幸村の中から記憶の欠片がばらばらと抜け落ちていっているような……―
そうしてその不安を改めて再確認したのはつい先日のことだった。
誰、だっけ……。
廊下で話しかけてきた二年生。黒髪で天パの、目のくりくりとした後輩。
「ちょっと幸村部長!俺の話きいてるんすか―?」
「えっ?部長……?」
はて、何かの部活で俺は部長なんてしていただろうか。
とりあえず話は合わせておいたけれど、頭の中はかなり混乱していてとにかく何かがおかしいことだけはわかった。
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「幸村、いいからはやく病院へ行け。むしろ今すぐにでもいい」
柳は俺にそう言った。
「え、なんでさ?俺もうすっかり健康体だよ?」
「体ではない、ここだ」
柳は自らの頭に指先を当ててみせた。
「どういう、ことなの…?」
「言いづらいが、……多分。
おまえは進行性の記憶喪失だ」
「……きおく、そうしつ?」
「思い出してみろ。最近やけに人物の名前や、忘れるはずのない事柄について忘れることがあるだろう?」
「そう、だけどさ。記憶喪失なんてそんなはずあるわけ……っ」
「では、俺の名前を言ってみろ」
「えっ……と、ぁ…あれ……なんで……わかる…はずなの、…に」
「……行くぞ。無理矢理にでも、俺はおまえを連れて行く」
「でも待って!俺真田のことは覚えてる…っ真田のことは、」
「その内、弦一郎のことも忘れるかもしれない」
「そんなことない!」
「幸村……ッ!!」
いつのまにかこぼれていた涙を拭うこともできずに幸村はその場に崩れ落ちた。
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2012/6/24
御題はたとえば僕が様より
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