■ 壊れるくらいに抱きしめて

「先程も申し上げました通り、折角のお誘いではありますが……」

 忍足が誰かと電話している。よくあることではあるけれど、今日のは随分と長い。
 忍足が困った顔をして、何度も言葉を変えては断りをいれているのに。そこまで食い下がるほどに忍足は有能、ということなのだろうか。
 実際、忍足はよく出来た執事だと思う。どんな仕事でも完璧にこなすし、性格はいい(という評判だ)し誰もが思わず振り向いてしまうぐらい顔もいい。
 容貌は人一倍いいのに彼女が一人もいないというのを不思議がる奴も多いが、その辺の理由も跡部だけ知っている。

何を隠そう、忍足と跡部は付き合っているのだ。

 勿論両親にも親しいメイドにも誰にも言っていない。二人だけの秘密だ。
 そして、忍足は二人きりの時だけ素を見せてくれる。

「ほんま今日んとこはしつこかったわぁ……」

 受話器を置いて軽く伸びをする忍足は完全に敬語を崩して愚痴を零した。

「そこそこ有名な商社だろ?ま、跡部財閥には到底かなわねぇだろうがな」
「そんな言わんでもわかってるって」

 つかれた―と跡部を抱き締めてくる忍足を拒むことなく跡部はされるがままになる。
 3日に一度はかかってくる勧誘の電話には忍足も跡部もうんざりしている。断りの電話は割と精神疲労をするものだから、お疲れ様、という意味でも電話の直後だけは好きにさせてやるのだ。

「忍足、いつものやれ」
「別にあんま気ぃつかわんでもええんやで?」
「馬鹿。おまえのためとかじゃねぇよ。ただ俺が今そういう気分なだけだ」
「…ま、今はそういうことにしといてあげるわ」

 そう言ってちゅ、と忍足が軽く跡部の唇にキスして、次の瞬間には舌がゆっくりと絡む。

「ん、…っん、ン」

 忍足は優しい手つきで跡部の後頭部に手を回して、そこからさらに口付けを深めていく。意識までとろとろに溶けていきそうなそれに跡部は思わず理性を持っていかれそうになるが、なんとか耐えた。
 軽く頭を左右に振ってみるが一向に忍足が離してくれる気配はない。
 邪魔になったらしい伊達眼鏡を片手で外して机の上に放る。そうして忍足はそのまま跡部を二人で寝ても広すぎるぐらいのベッドに押し倒した。

「景ちゃん、やってもええ?」
「……一回だけだからな」
「明日景ちゃん大事な試合あるもんな、体に負担にならん程度にやるから安心し」
「当たり前だ、」
「そんだけ俺の理性くんが頑張ってくれてるっちゅ―ことやで?」


 忍足は手際よく跡部をあっという間に脱がせてしまうとちう、と首筋に噛み付いた。

「見えるとこにつけんなよ」
「……仰せの通りに、」

 忍足は跡部のいうことなら本当に何でもきく。
 宿題をやれとかメンバー表作るのを手伝えだとか。どれだけこき使ってもいつもにこにこ笑ってなんでもこなす。
 やはりそれが有能だといわれる所以なのだろうか。

 しかしそんな忍足を独占できるのは跡部だけだし、これからもそうだ。誰にも渡してなんかやらない。



――と、跡部はずっとそう思っていた。



**


 それは本当につまらないことで、端から見れば小学生が駄々をこねているようにしか見えなかったろう。

「あかんっていったらあかんのやで景ちゃん、今日は我慢し」
「うっせぇ執事のくせに俺に口答えすんな!」
「阿呆、今は執事じゃなくて恋人として言ってるんや」
「どうせ父さんにとめるように言われたんだろ、俺はぜってぇ行くからな」

 ひたすらバレないように隠していた足の怪我を忍足に見破られさらには父親の耳にまで届いたらしい。
 明後日に公式試合を控えている跡部が今チームから抜けるわけにはいかないのだ。

「怪我してんのに無理に試合したらもっと悪化してまうやんか」

 跡部は頑なに首を縦に振ろうとはしない。

「景ちゃ……「うるせぇって言ってんだろうが!!」

 跡部は忍足を睨み上げ、全身で反抗の意志を示す。

「……俺様のいうことのきけねぇ執事なんかいらねぇ」

 跡部が低いトーンで一言そういうと忍足は悲しそうな顔をしてわかったわ、と言うとそのまま音もなく部屋を出て行った。


「あんなやつ大っ嫌いだ……ッ」

 跡部はその場の勢いで父親に電話をいれると、明日から専属の執事を変える旨を伝え内線を切るなりベッドに突っ伏した。父親が電話の向こうで何かを言っていた気がしたがほとんど何も聞いていなくて、とくかくすべてに頷いた。もう何も考えたくなかった。


 そうしていつの間にか跡部は眠りの底に落ちていった。





 忍足が跡部の元に挨拶にきたのは翌日のことだった。

「××財閥様からお誘いがありましたので、忍足侑士は本日をもって跡部景吾様の執事から外させていただくことになりました。今まで長い間ありがとうございました」

 簡略的に挨拶を終え、忍足はそのまま行ってしまう。
 自分の元を去っていく忍足の背中は酷く寂しく、頼りなかった。ちくりと痛む心のもやもやとした何かに気付かないふりをして、跡部が忍足を引き止めることはとうとうなかった。


**

 新しい執事は有能だけれど、やはり何かが足りなかった。
 いうことはなんでもきいてくれるけれど、その先がないのだ。
 忍足は長年の付き合いだったからこそ跡部のやってほしいことのすべてをいちいち言わなくてもこなしてくれていた。
 そういう細かい所作の一つ一つの物足りなさが少しずつ積もり積もって、跡部の心の隅に鎮座した罪悪感をちくちくとつつく。

「…ゆうし……」

 下らないことで喧嘩別れしてしまったけれど、やはり跡部は忍足がいないと駄目なのだ。
 でも忍足は有名財閥に引き抜かれて、もうここには戻ってこない。

「ゆうし…ッゆうしぃ…っ!」

 溢れ出した涙は止まらなくて、ベッドのシーツをじわりと濡らす。
 今さら、本当に今さらだけれど忍足がいないという事実が耐えきれなくなって。
 名前を呼べども帰ってくるはずもない。



「景ちゃんよんだ?」



「…ぇ……?」

 目の前にはここにいるはずのない忍足がいて、跡部の濡れた目尻に伝う涙を拭う。

「景ちゃんいないからって仕事さぼってたら、クビになってもうた」
「……ッ馬鹿じゃねぇの、おまえ」
「そんなこといって、ほんまは嬉しいくせに」
「…悪いか、」
「そんなことないで。景ちゃんの不器用なとこも全部、俺は知ってるから」
「んなくさい台詞よく吐けるな……」
「景ちゃんへの愛故や」


 待ちわびた唇が跡部の上唇に触れ、焦れったくて自分から口付けを深める。

「すきやで……景吾、」
「言われなくても、わかってる…」




 切なくて、それでいて甘い。


 忍足の耳元で小さくごめんと呟くと、気にせんで、と頭を優しく撫でられてとうとう涙が止まらなくなった。





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さっちぃ様リク、忍跡で執事パロでした!冷静沈着な忍足も乙女な跡部も中途半端な感じになってしまいリクエストにおこたえしきれなかった感が否めませんが…(吐血)
苦情返品等いつでも24時間受付中でございます…
それでは、素敵なリクエストありがとうございました!



2012/6/23
御題はたとえば僕が様より


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