■ 期待して、依存して

※夢喰い白黒バクパロ


 眠れない。

 何故かはわからない。とにかく眠れないのだ。これが世に言う不眠症というやつなのだろうか。

 もはや何度目かもわからない寝返りを打って、仁王はすっかり冴えきった両目を無理矢理ぎゅう、と閉じた。
 目の前には暫定的に暗闇が訪れるが、残念ながら夢の世界までには誘ってくれない。
 服用していた睡眠薬は取り上げられてしまったし、今の仁王はおおよそ眠るという行為を行える状況ではなかった。
 窓から差し込む月明かりが悪戯に仁王を照らし出す。カーテンの隙間から漏れ出すそれにいっそのことさらわれてしまいたいなんて考えて、そんなことが出来るはずもないと肩をおとした。

「……眠れないのか?」

 カーテンを閉めたと同時に、背後からの声。仁王は驚きのあまり声すら出せなかった。

「驚かせてしまってすまないな、」
「……誰じゃおまえさん。不法侵入じゃき」
「俺はおまえたちと同じ“ヒト”ではないからな、残念ながら法律とやらには適用されない」
「じゃあ一体おまえさんは何者なんじゃ……?」

 そんな仁王の問いはするりとかわされ、彼は事の核心をついた。

「夢を……見たいんだろう?」

 仁王の目が驚きに見開かれる。そして躊躇いがちに首を縦にふった。

「では俺が魅せてやろう、」
「……ほんま?」
「それが俺の役目だからな。……俺は柳、おまえは?」
「仁王……仁王雅治」

「では雅治、今夜はどんな夢がお望みだ……?」

 仁王はしばらく迷ったが、柳に見たい夢の内容を伝えると柳は了解した、と浅く肯いた。

「では雅治、ゆっくりと目を閉じて。そう……」

 言われるがままに目を閉じる。一体何が始まるかと思えば自然に胸がどきどきした。

 と、ふいに唇に訪れる柔らかい感触。
 軽く下唇をはまれて、舌が咥内に侵入する。
 くちゅ、といやらしい音がたって、ようやく仁王は我に帰る。

――ああ、キスされているんだ。

 柳のキスは感じたことがないぐらい甘くて、さらには気持ち良くて、不思議と体から力が抜けていく―…






 目覚めは味わったことがないぐらいに心地の良いものだった。
 具体的な夢の内容はぼんやりとして酷く曖昧ではあるが、悪い夢でなかったということだけは嫌でもわかった。

「やなぎ……?」

 取り敢えずお礼を言わねばならない、と仁王は室内をきょろきょろと見回すが柳の姿はない。
 また、今夜も来てくれるのだろうか。またあの心地良い感覚が、欲しい。浅ましくもそう思ってしまう自分に後ろめたさを感じながらもなお一度味わった快楽を忘れられそうになかった。



 一日をぼんやりと過ごし、待ちに待った夜が来る。
 昨日の夜と同じ時間。やはり柳は来た。

「もう一度、頼んでもええんか?」
「勿論。今日は昨日よりも気持ちのいい夢を見せてやろう」

 そうして昨日と同じくキスを交わして、仁王は淫靡な夢に堕ちていく―……



**


 柳に夢を見せてもらうようになって、仁王はずるずると夢の世界へ引き込まれていった。色鮮やかなそれに仁王は魅せられ、快感を見出す。現実世界よりも満たされる。夢に意識を凌駕されて、それが仁王の頭を一杯にしていく。


「やなぎ、はよ見して」


 月が満ちていた。煌々と街を照らす月明かりが、仁王と柳にも降り注ぐ。

「すまないが、もう雅治に夢を見せてやることはできないんだ」

 そう柳が言った瞬間、仁王の顔が強張る。

「なんで?なんでなん柳……ッ!」

 柳は月明かりを背に妖艶な笑みを浮かべると仁王の顎に指先をあて、ゆっくりと頬をなぞった。

「今からおまえには夢の対価を払ってもらわなければいけないんだ」
「…たいか……?」
「そう。今からおまえがこれから見るであろう夢の色彩をすべて、俺に献上しなければならない」

 それがおまえが俺に望んだ夢の代金だ、と柳は言った。
 いまいち事情を呑み込みきれない仁王はたちまち不安に顔を歪める。

「なぁどういうことなん柳?対価ってなんじゃ?なぁ……っ」
「すぐにでも身をもって知ることになるさ。ほら、はやく唇を差し出せ」


 触れ合う唇の温度が消えた。



――モノクロの世界へようこそ、



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2012/6/20
御題は自惚れてんじゃねぇよ様より


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