■ きみのためのおくりもの

※死ネタ注意


 ガタン、と。車体が左右に大きく揺れた。女性の小さな悲鳴がいくつか聞こえて、電車はそれきり止まってしまった。

 ざわざわと車内の空気が揺れる。次の駅まで着くのにはまだはやいから何か事故でもあったのだろうかと、真田はぼんやりとそう思った。

『――人身事故の為、ただ今運転を見合わせております―……』

 車掌の声が車内に響き、人々のざわめきが少し大きくなる。
 今は朝のラッシュ時で、人はぎゅうぎゅうの缶詰め状態。思うように身動きもとれない。前も後ろも左も右も、周りには人、人、人。
 腕時計にちらりと目をやる。大分時間に余裕を持たせてはきたが、人身事故であるならばきっと部活には間に合わない。

 遅れる旨を幸村に伝えなければ、と携帯を開いたところで、ふいに肩をたたかれた。

「やぁ真田。おはよう」

 何とか人混みをかいくぐってきたらしい幸村が、にこりと笑った。幸村に連絡しようとしていたのに、ここで鉢合わせてしまってはどうしようもない。

「いつもこの時間だったか?」
「ううん。今日はいつもよりちょっとだけはやい」


 電車の運転が再開する気配はなく、時折車掌のアナウンスが無機質に響くだけだ。


「今頃死体の処理でもしてるんだろうね」
「こら幸村、そのようなことを口にするものではないぞ」
「本当のことを言っただけじゃないか。一人の命の後片付けをするために何百人、何千人という他人の時間を荒削りするんだ」

 真田は顔をしかめた。
 時々、幸村はこういったことを言って真田を困らせる。

「それにしても幸村、今日の朝練はどうしたものか」
「大丈夫。遅れることはもう柳に連絡しておいたから」
「……そうか、」




 一時間弱ほど経過したところでようやく電車が動き出した。朝練はおろか、学校に間に合うかどうかも危うい時間だ。

「延着届ももらったし、急がなくても平気だよ」
「間に合うのならば走るのが当然だろう」
「え―」

 駅に着いた途端に小走りに駆け出す真田に文句を言いつつも同じく駆け足で幸村が続く。

「このスピードならぎりぎり間に合うね」
「あまり喋ると舌を噛むぞ」

 速度をゆるめることなく走り続け、すんでのところで校門に滑り込む。

「教室まで走るぞ!」
「あいあいさ―っ」

 真田はあがった息を深呼吸で押さえつけて、しきりに肩を上下させる。

「ではまた後でな。朝の埋め合わせについては昼にでも話し合おう」
「……じゃあね」

 一瞬。ほんの一瞬だけ、幸村が今にも泣きそうなほどに顔を歪ませた気がした。思わず見返そうとしたが、幸村はすでに教室に入ってしまっていた。





**

「皆さんに、残念なお知らせがあります」

 一時間目が終わる頃には人身事故の影響で遅れていた生徒も全員登校し、授業をするのかと思いきや真田のクラスでは緊急のホームルームが行われていた。
 予告もなく授業が潰れるなんて初めてかもしれない。授業の進度は大丈夫なのだろうか。クラスに流れる若干浮ついた空気にあてられ、真田の思考も横道にそれかけていた。


 担任が酷くゆっくりと緩慢に、口を開く。




「C組の幸村精市君が今朝、人身事故で亡くなりました」




 途端にざわめくクラスの喧噪なんてもう聞こえなくて、真田の頭は空っぽになる。

 今担任は何と言った?
 幸村が死んだ?
 今朝一緒に登校したというのに?



「踏切から自ら飛び込んで…即死だったそうです」



 さきほどまで隣にいたのだ。
 さきほどまで会話を交わしていたのだ。


……では今朝の人身事故は?真田の乗り合わせていた電車が、幸村を轢いたというのか。


「真田君ッ!どこにいくんですか…!?」

 足は自然とC組に向かっていた。


 がらりと引き戸をあける。

 幸村の席を見る。

 突然の真田の登場に集まる視線などに目もくれず。



「ゆきむら……?」



 幸村がいるはずのその場所に、幸村の姿はなかった。


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2012/6/14


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